座右の書
永井聡史の座右の書
https://scrapbox.io/files/64125ad69e81ad001cbd04a9.jpg
その時々において、座右の書は変わる。今現在ぼくの座右の書はアランの「幸福論」である。なぜ幸福論なのかといえば今ぼく自身が不安だからなのだと思う。
ちなみに幸福論にはラッセルの幸福論という本もあるがあれはまったく別物である。ぼくの愛読書は「アランの幸福論」である。フォースとともにあらんことを。
アランの幸福論は多くの自己啓発系の原点と言える。あちこちで聞いたことがあるような内容がアランを読むと出てくるのだ。もっともアランこそが元祖というわけではなくて、アランはデカルトの情熱論を模範としていると書いている。
さて、独立者にあらず不安を抱えているひとにはとても励みになる言葉がたくさん出てくるのでその一部をご紹介したい。
恐怖のなかには意味のない動揺のほかには何も存在しない
(情念の苦しみについて)その原因は人間のからだの動きにあり、だから適当な体操こそ治療法であることに気が付かなかったからだ。
なんとしても出発することが必要である。どこへ行くかを考えるのは、まず出発してからである。
われわれの社会は求めようとしない者には何ひとつ与えない。辛抱強く、途中で放棄しないで求めようとしない者には。
不幸なことに、絶望には確信がつきまとう。いや、確信どころか、やわらかな思考を拒絶する絶対的断定が。
人に対して、「あなたは顔色が悪い」などと言ってはならない。
自分に問いかける者は必ずまちがった答えを出す。自分だけを考える思弁は退屈するだけである。あるいは悲しみ、不安、いらだちに陥るだけだ。
要するに、自分のことを考えてはならないのだ。
ものごとは何でも、初めにどんな態度を取るかによって決まってしまうことが多いからだ。
ただほほ笑むまねをしただけでも、すでに人間の悲しみや退屈さはやわらいでいるのだ。
アランは、不機嫌はなにもしないと勝手にやってくるものであり、上機嫌は自ら作り出すものであると言っている。なるほどそのとおりかもしれないと思った。だからいつもぼくは上機嫌を作っていたいと思う。