奮闘記の徒然9
2023/8/12
久しぶりに時間と精神に余裕を感じてYOASOBIを聞いてみたりする
ピチカートファイブ、川嶋愛、ジュディアンドマリ、スピッツ、ゲスの極み乙女…メロディやアレンジから、色んなDNAのにおいがする
彼女の音楽を分光器にかけると、80年代シティポップ、90年代Jポップ、ゼロ年代パンクロック、10年代ボカロポップ、という具合に表現されるのかもしれない
しかし、こう、流暢な英語の発音、コテコテの日本語ポップメロディ、アレンジはボカロ風、ボーカルは非成熟的声質、という取り合わせは、非常に倒錯的である
部分部分は気持ち良い、しかし、全体は必ずしも、そうとは言い切れない
その違和感こそがヒットの秘密なのかもしれない
気持ちいいことと、どこか引っかかるところ、その両方が、ヒットには必要なのだろう
しかしこの人の歌が世界的に聞かれ、歌われていると聞くと、世界が日本化してるのかなぁと思う
それにしても、この、第五期第一四半期はなかなかだった
続き物の研修であったり、新事業支援、調査業務、自前事業においても、新たなデザインワークによるアプローチとか、AI活用とか、あとはそれこそYouTubeも含めて、新しいことをいくつかやってきた
新しいことは、いつだって不安とともに始まるわけだけれども、なんとか、倒れずにここまでやってこれて、良かった
途中で、侘び茶との出会いがあったことが、大きかったようにも思う
FBにも書いたが「矛盾と創造」が凄い
凄すぎる
なんとヘヴィな本…
「なぜ私は傷つけられなければ(あるいは傷つかなければ)ならなかったのか」「私はあなたの傷に対して(あるいは私ではない誰かの傷に対して)、真に当事者でいられるのか」
そんなん、答えなんかないに決まってるやん!
創造的な仕事をする方法、のフリをして、人間の善意の虚構性をこれでもかと暴き立ててくる、かなり異常な本
読後感が、、、キツい
それでもなお、「それは、おかしい」という怒り、真っ当さというものを諦めない決意、変わるべきだ、変えたい、という信念に、共感せざるを得ない
この人が、仏教をやったら、どうだったのかなぁと思うわけだが、きっとそれは、自分の仕事なのかもしれない
2023/8/13
翌日、再読
いち人間の内部的な行動原理から、考えるべきではなかろうか
損をしたくない、飢えたくない、痛みを感じたくない、疎外されなくない、とか
あるいは、人の内心を想像する、心の理論、分け合う喜び、表現が伝わる幸福感
生き物としての、進化の過程で獲得してきた特質
なぜ、不公平があるのか、から出発するのではなく、そうしたものから出発すると、違う何かが、見えてはこないか
そして、どうもやはり、仏教哲学は、ギリギリのところまで接近されているのだが、核心的な部分については、迂回されているように見える
それは、後に続く者に残された宿題であるような気がする
社会を(あるいは組織を)どうにかしたい、しよう、ではなく、己がどう変革する、目の前の具体的な一人ひとりが変革されていくために、なにがどうできるのか
2023/8/17
なんだか最近、無茶苦茶な話ばかりで苛々したりくさくさしたり
慶賀の至り、とはこのこと
そう、まさにその感じ
真面目にやっていれば、一度起きたことは、必ず再現するので、自分を信じて欲しいなぁと思う
仕事を得る瞬間というのは、確かに因果ではあるんだけど、本質は縁起なのだ
え、できるの? とか
まさに、ふとしたことから始まる
「できそうなイメージ」は、かなり大事だ
「出来る人」のイメージではない
「やってくれそうな人」とでも言おうか
このサイトを始めて、良かった
2023/9/1
今年の夏は、とにかく、働いたなぁ
働いて、働いて、働いた
なんでこんなに…と、思いながら、働いた
「9月いっぱい忙しい」と思っていたのだけれど、これまでがハード過ぎて、なんか感覚が変わってしまった
ともあれ、地獄の8月を生き抜くことができて、良かった
しばらくは、身体と心を休める…
それはそうと、最近、panpanyaという漫画家を好きになった
良い漫画である
令和のライトつげ義春、といったところか
2023/9/8
色んなことが少しだけ落ち着いたタイミングで、たまたまみらいけんで集まりがあるということで、呼んでもらい、訪れたのだった
久しぶりの、神保町
初心を思い出す
こういう集まりには、原則として顔を出さないようにしているのだが
なんとなく、自分の世間が煮詰まっている感じもあって、交流関係を広げたいな、という気持ちが、少しばかり、あったのだった
世間には、色んな人がいるよなぁ
組織の犬として、組織に何不自由なく適応している、といった感じの人がいて、それが印象に残った
じゃあ、彼は幸せなのだろうか、というと、必ずしも、そうは見えないのである
もちろん、内心を窺い知ることは、できないのだけれど…
プライドの高さが、生きるためのなにかを、疎外しているように見えた
だからといって、なに、というわけでもないのだけれども…
2023/9/14
聞く人ラジオ、永井さんの回が面白かった
動画も、写真も、文章も、デザインも出来るのって、確かに、すごい話である
そんなにたくさんスキルを備えていて、ものづくりの哲学にも確固たるものがあって
普通に考えると、千客万来でもおかしくないと、思うのだが…
もしかしたら、やわらかさ、というか、のびのびした感じ、明るさとか遊び心、程よい良い加減さ、みたいなものを補うと良いのかもしれない
そして、番組を聞きながら、それは結縄さんが持っているものではないか、とも思うのである
出会う力は、結縄さんが、ものすごく強く持っているわけだから、互いに協力できると良さそうに思う
あとは、企業や組織が持つ予算の文脈に繋がる要素も必要なわけだけど、たぶん、そこは、山田さんとか河西さんの領域で
緩やかにつながり、ご縁を融通しあう、というのは、あると思う
その輪に自分が入るのかというと、なぜかそのイメージは、湧かない。笑
なんでだろう?
たぶん、自分は、徹頭徹尾、クラピカ的な生き方をしてるんだろうなぁ
つまり、自己完結しているときが、最も安心できる、という
プロジェクトを専門にしている癖に、実は、チームプレイが苦手である、という
苦手、というか、まぁ、もちろん、できるかできないかでいうと、できる方だとは思うけれども
でも、なんだろう、たぶん、自分にとっては、チームメイトは、他人であったほうが、力が出しやすいのだろう
そういうことに、いまさらながらにして気付くのが、人生というやつの不思議である
それはそうと
講師業というやつも、気付けば5年目である
最近わかってきたのは、講師として生きていくためには、壇上で、徹底的に、力を抜くことこそが、テーマなのだ、ということだ
何が起きようとも、恐れない、という感覚
力を抜けばぬくほど、良い
自分にとっても、受講者にとっても
以前は、一日立ったらヘトヘトだったのだが、やはり、色んなところに力が入っていたのだろう
講師業をやる人間のにとって、事務局とか代理店の、マッチングする力や要件定義する力の不足は、いわゆる「あるある」ネタというやつなのだが、そこについても、考えが変わってきた
壇上に立つ人間は、徹底的に、アドリブ力が問われるのだろう
これはこれで、修行である
始めた頃に意識しようとしていたのは「自分が褒められるため、認められるためにやるな、受講者のメリットをまずは考えよう」ということだった
もちろん、それはそれで、必要なことだったわけだが、第二段階に入ってきたような気がしている
「力を抜く」ということ。
やはり、かなりの経験を積んで、その場で何が起き得るのか、の見通しが良くなったのもあるし、コンテンツとしても、かなり武器が充実してきた、ということもある
視界を広げ、基礎力を高め、力を抜くこと
まぁ、考えてみたら、きっと、どんな仕事にも、共通することなのだろう