奮闘記の徒然5
2023/4/29
新しい仕事が始まった
予算を持っている組織になりかわり、設備投資先を探索する、という業務である
多くの人は、通常、仕事を出してもらう側、発注を貰う側、指示を受ける側として働いている
「発注業務」が仕事である、という状況は、調達とか、購買とか呼ばれる
大きな金額の調達業務に直面して思うのは、「力関係」である
お金を出すからエラいわけじゃない、仕事をもらうから卑しいわけじゃない
本当に、そう思う
しかし実際の現場では、商談の場に、「エラいーエラくない」的な地場が発生することがある
その地場を、調達側が発生させる場合と、提案側が発生させる場合がある
もしかしたら、提案側が発生させることのほうが、問題なのかもしれない
自分自身の提供価値に、自信がないから、確信がないから、自意識が卑しくなる
自意識が卑しくなってしまう人は、とにかくまくし立てる
早口になりがちである
相手の話を聞こうとか、想定外を楽しもうという余裕がない
徹底的に問題を突き詰めている人には、卑しさがまったくない
リラックスしていて、仕事を楽しんでいて、真剣であり、真摯である
そういう人と一緒に仕事をしたいものである
それはそうと、この仕事はヒサトシと一緒にやっているわけだけども
zoomの向こうの緊張した表情が、なんだか可笑しい
打ち合わせの間中、びっくりするぐらいに、カチコチな表情をしているのである
まぁ、これまでやってきたことのない仕事であり、先が見えないので、緊張するのは自然なことだけれども
あんまり緊張していると、疲れちゃうので、ほどほどに
彼の内心を想像するに
おそらくこれはコンサルの仕事だから
いつもと違う特別なことをしなければいけない、と、おそらく、思っている
それはまったく、違うのである
実は、無償で「聞く人」をやるときと、まったく同じでいいのである
いつなんどきでも「聞く人」で良いのである
つまり、相手の話を聞くのが面白い、楽しい、興味が湧く、という感じ
身体が開いている感じ
その感じをこそ、求めているのである
いつなんどきでも、それでいいし、それがいい
特別なことをやらないといけない、そのために背伸びをしなきゃいけないと思うと
余計な緊張が発生する
緊張の先にあるのは第一に疲労であり
緊張して疲労していると、成果や利益は得られない
そうすると、余計なプレッシャーがかかり、ときに嘘をついてごまかす必要が発生し
そうしたあれこれのかなた先に、最終的に出てくるのが「卑しさ」なのである
この話は、誰か特定の個人に限った話ではなく
万人にとって、そうなのである
楽な気持ちで、自分が最も得意とする表現をすればよい
ちなみに、山田さんは、様子が見えてきて、かなり緊張感がほぐれてきた感じがする
余裕が出てくると、仕事がしやすくなる
そうやって考えていくと
まず、誰よりも、自分自身の緊張を解く必要があるのだろうな・・・
昔に比べると、かなり緊張せずにいられるようにはなってきたが
まだまだ
無用の緊張が発生しないようにして
一方で、必要な緊張感は維持しておく
やるべき仕事は一気呵成に進捗させて
そうでないときは、しっかり休む
それが、生きるということのコツなのだろう
ヒサトシは、おそらく、数多くの舞台経験から、身体の扱い方や役割の演じ方に、非常に深い造詣がある
そのポテンシャルが、経済に結びつく感覚が生まれたら、ほんとうの意味で、必ず、大きく化けると確信する
その感覚は、誰かが教えられるものではなく、自分で気づくしかないものなのであるが
なんだかんだ一緒にやっているのは、その瞬間に、どこかで関わっていたいからなのだろうなぁ
2023/5/7
ふと、思う
おそらくこの世というものは、本当に望んだものは、手に入るようにできているのかもしれない(それが象徴的なものか、観念的なものか、啓示的なものか、現実的なものかは別として)
問題は
どうやら、意識的に望んでいるものと、無意識のうちに望んでいるものは大抵、食い違っているらしいということ
それが
個人の中でも混乱を呼び寄せているし、当然ながら人間と人間の間にも混乱を招いている
おそらく
いま、眼の前に広がる光景は、少なからず望んできたものが織りなしたものなのであろう
しかし
その一部は混乱が招き寄せたものだし、望むと望まざるとに関わらず、どうしようもなかったものにも支えられている
きっと
人間の務めとは、何が望まれるべきなのかを理解しようとし続ける営みの中にこそ、あるのではないか
2023/5/8
俄かに利休ブームが訪れた
その名もずばりなタイトルだが、映画「利休」も観てたっぷりとその世界に没入させてもらった
映画が気に入ると、大体、人の感想を聞きたくなる
以下のふたつなんかは、代表的な感想だ
http://www1.kcn.ne.jp/~pop/spcpm/j19r/rikyuu.html
http://blog.livedoor.jp/a30a988/archives/52264529.html
わかる、とは、文脈の理解なのだ、と、つくづく、思う
己の文脈を深める努力もせずに、わかりやすい、口当たりのいいものを求めるのは、子どものすることである
そして、独立家とは、大人、ということなのである
2023/5/9
ふと、サラリーマン時代のことを思い出す
あの頃、何が苦しかったのかというと、常に評価を気にしていたことだ
100%、120%の評価でないと、我慢できなかった
なぜなのかは、今となっては、あまりよく思い出せないのだけれど
もし、再びサラリーマンに戻ったら、同じように苦しむだろうか
わからない
ぼーっとして組織のなかに紛れ、埋没して生きていくことは、難しそうに思える
明日は会社の設立記念日
独立してから、丸四年が経過したことになる
なんだか冗談みたいな話だ