奮闘記の徒然13
2023/11/27
最近は、考える方向を、少し、転換してみたのだ
やらせて欲しい、では、やらせてくれない
やって欲しい、と、言われなくてはならない
言われるために、どうするか、である
やりたいことは、いくらでもある
やって欲しい、と言われるために、好き放題な準備をして、それが呼び水になる、みたいなことができたら、最高じゃない?と
同時に、やっぱり、なんだかんだで最短の道とは、贈与ではないか、と
自分の得てきた経験や知識を、死蔵しては駄目で、とにかく外に出す、出してみる
そこから何が始まるのか
何かが始まってくれないと、困るんだけど
始まる気配は、まだ、ない
まぁ、始まらなくても、その時はその時で
やってる自分が面白がってれば、まぁ、それで
そんな気楽なことでいいのか…と、思わなくもないのだけれども
これはもう、世間との我慢比べというか
何度も、必死こいてアウトバウンドしようとして、いかに自分が向いていないか、身に沁みたので
これしかないのかな、という
2023/12/1
ふと、思い立つ、ということが、大事である
ふと、思い立つことによって、何かが始まる
たぶん、求めるべきものを、求めている、ということが大事である
求めるべきものを、求めて生きているから、ふと、というものが、働く
つまり、ふと、というものは、縁に対するアンテナなのである
今日は、いろんな、ふと、が、働いた
新たな試みが次の何かに繋がるといい
繋がらなかったら、まぁ、それはそれで、いい
そんなことを思いながら、これまたふと、人と人が理解しあうなどということは、不可能なのだろう、とか、そういうことも、思う
わかりあったという幻想しか、おそらく、ないのだろう
わかったような顔をして、わかったようなことを言う輩は、金輪際、もうどうでもいい
そういうやけっぱちなことを、誰も読まない板に書き付けるのは、やっぱり誰かにかまって欲しいだけなのかもしれないけれども