Struggle
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いつも新しいことを書こうとするとき、JJにこんなこと載せていいのかなと少しビビりながら書いている。
ゴトーさんが自分は稼ぐことに重きを置いていると書いていて、実はぼくも稼ぐことに重きを置きたいし、お金を使うことも好きなのであるが、そこのステージに上がれていないだけである。
糸井重里さんからの引用で、毎日やる仕事があるのは有り難いことであると言っていてまったくそのとおりだと思う。それはフリーランスになって痛いほどわかる。会社員の頃はやりたくない仕事ばかりでなんでこんなことしなければいけないのかと思っていたが、そうではないのである。もちろん過労働はいけないが、ゼロでもいけないのである。ブッダも中道こそが本当と言っているではないか。
仕事が絶えないひとはいつも忙しくて仕方がないらしいが、ないひとはその仕事の作り方がわからない。ここで、役に立たなかったエピソードを二つ紹介したい。それは現実を知るという話でもある。
Youtubeに動画編集で月30万コンスタントに稼ぐ方法という動画があるよ、と妻が教えてくれた。ぼくはそういう話は全然信じていないんだけれどもせっかく妻が見つけてくれたので観た。
動画の男性は副業として動画編集をやっていると言った。最初はまるで仕事がなくてどうしようかと思っていた矢先にあるコンサルタントに出会う。そこで学んだ通りに実践したらあれよあれよという間に仕事が増えて3ヶ月めで月20万稼いで、今では月30万を固く稼いでいるという。それでそのありがたい方法を動画でシェアしてくれるというのがイントロだった。
ところが、もっとも肝心の営業方法については、あなたもコンサルティングを受けてねの一言で終わり、そのあとにどうでもよくて誰でも知っている一般論を述べておしまいだった。やっぱりねと思った。こうした釣り動画を観ていると、本当に毎月30万稼いでいるのかどうかも疑わしい。しかしこれが現実だろう。だれも秘中の秘を無料で公開するはずがない。それに、営業活動というのは極めてパーソナルなものだから、テンプレート化などできないものだと思う。せいぜい自分の成功体験談を語るまでだ。
二つ目。
知人が売れているYoutuberを紹介してくれるという。そのYoutuberは自分のコンテンツだけでなくひとの動画編集も手掛けているのでもしかしたら仕事を貰えるかもしれないからというわけである。
それでお会いすると、自分の仕事はまるで勧められないが第一声だった。なぜなら単価が安すぎるからである。1本3,000円とか多くて5,000円、それから管理費を抜いてひとに振っているのだそうだ。ああ価格破壊もここまで来たか。
映像業界は長らくブラックボックスだった。使用される機材はとても趣味で購入できるような金額ではなかったし、操作も複雑、装置自体も複雑だった。自ずと分業が進んでさらに細分化され十分にトレーニングを積まなければできない職業だった。しかしそれは遠い昔の話。デジタルとコンピュータが一変させた。素人でも買える機材の性能はかつてのプロ機材を完全に凌駕した。多くがソフトウェア化されたことでワンマンオペレーションを可能にした。だれでも簡単に、プロみたいな動画が作れる時代になった。しかし見る目を失った視聴者にとって、「みたいな」映像は十分にその要求に応えるものだった。
これもまた現実である。
ではどうするか。
待てば海路の日和あり。ディケンズのディヴィッドコッパーフィールドに貧乏な家族が登場する。コッパーフィールドはその家族みんなが大好きなのであるが、とにかく貧乏で哀れに感じて仕方がない。しかしそこのお父さんはいつもにこにこしてこう言うのである。
「待てば海路の日和あり」
しかし日和がよくなる気配はまったくなくて、子どもたちの服はぼろぼろ、その日食うに困る始末だが、コッパーフィールドが尋ねると喜んで彼を迎えるのである。コッパーフィールドがついその不憫さを口にすると決まってその主人は繰り返す。
「待てば海路の日和あり」
そうして最後の最後についに幸運が訪れて金持ちになりハッピーエンドを迎えるのであるが、ハッピーエンドを迎えられたのは、どんな困難にも負けずにいつもにこにこしていたからではないかとぼくは考えている。もちろんこころの中では何度も折れていただろう。しかし外へ向けてはその感情を出すことは一切なかった。いつも幸せで、余裕をもった振る舞いで、朗らかにしている態度こそがもっとも重要だったのだ。
だからぼくも決して腐ったりなんかしないのである。毎日明るく楽しくこころ豊かに生きるのである。
待てば海路の日和あり。