014.Saturday afternoon break
高校生
三限で授業が終わり、部活のない俺たちは帰路につく。土曜の昼間は明るく、街もにぎわっている。
「家来ない?」
久人の提案で上がりこむことにした。霜坂宅は静かで、どうやら誰もいないらしい。天気の良さと土曜昼に起因する交通機関の連絡の悪さで授業後そのまま歩いてきたため、腹がへっている。
「んー」
どうやらそれは久人も同じようで、冷蔵庫を漁りながら首をかしげている。
「なにか買いに行くか?」
「いーや、だいじょうぶ。残り物を適当に組み合わせて食べよう」
冷蔵庫から、おそらく昨晩の残りであろうタッパーのご飯、卵が数個、ネギ、トマトとレタス。棚から出てきたチャーハンの素。両手鍋からは何やらスパイスの香りがして消化器官を刺激する。カレーだろうか。久人はコンロの前に立って腕まくりをした。
「僕がやるから座っていていいよ」
「え」
「え、ってどういう意味さ。僕の腕に不安でも?」
「いや、やることがないってのは」
「じゃあ仕事その一。スプーン並べて、ジュースコップに入れといて」
久人は手先が器用で、こういう細かな作業が得意だ。普段はおばさんがキッチンに立っているけれど、久人も兄の賢人も料理が得意。俺もやらないわけではないが、こいつみたいに楽しそうにできない。
ネギをあっという間に刻んだ久人は、つったっている俺に向けて言う。
「仕事その二。良い感じのBGMよろしく。土曜の午後にふさわしいやつね」
大事な仕事だよ? その台詞を背に俺は鞄からスマートフォンを取り出す。三連休初日に適した音楽。動画サイトの試聴履歴を漁る。
「どれぐらいのテンションが良い?」
「ミディアムで」
これまた難しい注文だ。動画サイトの方はローファイヒップホップだらけだった。サブスクリプションサービスのアプリを開いてDustin Tebbuttの『The Breach』を再生する。軽やかで浮き立つようなアコースティックギター。上の方に広がっていくコーラス。せつなさにかきむしられるようなスネアのチューニング。ここから始まるのは、シンプルで木材のような温かみのある、フォークソングのプレイリストだ。
ソファーに移動して座る。久人は楽しそうに料理している。俺はジュースを少しずつ飲む。ジュースはささやかに甘く、冷たい。原初の幸せといった感じがする。霜坂家のリビングは親父さんの趣味で整えられた庭に面していて、計算された採光が暖かい。体を包むやわらかい空気。
「雪、できたよ」
肩をたたかれて目を覚ます。音楽は北斗星の『sunlight』に移っていた。変則的なドラムに、普遍的なメロディーが乗る。メインボーカルを煽るように放たれる多重コーラス。グロッケンの硬い音色が、まろやかなドラムに輪郭を与えている。
久人が運んできた皿には、オムライスカレーがのっていた。卵とカレーの良いにおいが立ち上って、一気に空腹がぶり返す。
「ありがとう」
「雪も、ナイス選曲。さあ、食べよう」
「「いただきます」」
中身はネギのたっぷり入ったチャーハンだった。一緒に出てきたトマトサラダはチーズの香りがするドレッシングがかかっていて、野菜のさっぱりした食感とちょうどいい足し引き。
「うまい」
「うん。おいしいね」
良い午後だ。
「夕方になったら、電子音の入ったインディーロックをかけよう」
「楽しみだね。夜は雪の好きそうな映画を見よう。僕のお気に入りなんだ」
「お前が言うなら間違いないんだろうな」
いろいろなものを共有したりしなかったり、そういう楽しみが自由に選べることは、なんだかいいことだなと思う。アコースティックギターが昼の光にきらめいている。