読者に判断の先延ばしをお願いする哲学者
from 2024/03/02
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読者に判断の先延ばしをお願いする哲学者
ルソー『社会契約論』第2編第4章での読書への語りかけ(2箇所ある)
1. 〔註〕注意深い読者諸君よ、私の言葉がここで矛盾しているなどと性急にとがめてくださるな。私は言葉が乏しいので用語の矛盾を避けることができなかったが、もう少し待っていて下さい。
おもろSummer498.iconはるひ.iconnishio.icon
誠実!nishio.icon
なるほどsta.icon
はっきり言ってしまえばいいのかと参考になったsta.icon
2. これは一般人の考えとは矛盾しているようであるが、私の考えは追って説明することにさせていただきたい。
バークリ『人知原理論』緒言冒頭での読者への語りかけ
(略)私は読者に要請するが、主題に値すると思われる程度に注意し考えながら少くとも一度は全体を通読してしまうまで、判断を控えて頂きたい。なぜなら、〔本書の〕若干の章句は、それだけ取ると大きな誤解を受けやすいし(そしてこれを救おうとしても不可能であろう)、また、最も不合理な帰結を負わされやすいが、それにもかかわらず全文を精査すれば、そうした不合理な帰結はそれらの章句から起らないことが明らかになるであろう。同様に、たとえ全体を読み通したにせよ、倉卒に読まれれば、私の意味が間違えられるおそれは多分にありそうである。が、よく考える読者にとっては、私のいう意味は全く明晰分明であろうと自分では思っている。
岩波文庫の大槻春彦訳より
これに加えてバークリは「序論」の最後で読者に読み方も指定している
それゆえ、これから先を読もうと意図する人には誰でもあれ、私は懇願するが、私の言葉を自分自身の思考の機縁として、私が書いたとき考えた道筋と同じ考え方の道筋を、読むさいにえるよう力めて頂きたい。こうすれば、私の言うことの真偽は容易に発見されよう。私の言葉に欺かれる危険は全くなくなろう。そして、自分自身の・裸で蔽われない・観念を考えたため過誤に導かれるというようなことがどうしてありうるか、私にはわからないのである。
p41
ちなみに、「言葉に欺かれる危険」は『人知原理論』の序論の主題のひとつ
ただ、実際には、バークリの議論を理解するにはキリスト教という土台が必要になる久住哲.icon
関係ないが、「欺き」は『社会契約論』第2編第3章にも出てきて、無理を言えば、文脈も似ていると言える
人は常に自己の利益を望むものであるが、その利益が何であるかということを常に知っているとは限らない。人民というものは決して節を売ることはないが、欺かれることはしばしばある。人民が不正なことを望んでいるように見える場合は、そういう場合だけである。
「待って」はVTuberの配信でもよく聞くので、気になっている言葉のひとつだ
読者にお願い