話せば分かる
五・一五事件
1932年5月15日、東京府東京市の内閣総理大臣官邸・立憲政友会本部・日本銀行・警視庁などが海軍青年将校、陸軍士官学校生徒、愛郷塾生らにより襲撃された。五・一五事件として知られるクーデター事件である。
襲撃により当時の内閣総理大臣である犬養毅が殺害された。
その際の様子について元海軍中尉三上卓は裁判で次のように証言している
食堂で首相が私を見つめた瞬間、拳銃の引き金を引いた。弾がなくカチリと音がしただけでした。すると首相は両手をあげ『まあ待て。そう無理せんでも話せばわかるだろう』と二、三度繰り返した。それから日本間に行くと『靴ぐらいは脱いだらどうじゃ』と申された。私が『靴の心配は後でもいいではないか。何のために来たかわかるだろう。何か言い残すことはないか』というと何か話そうとされた。
その瞬間山岸が『問答いらぬ。撃て。撃て』と叫んだ。黒岩勇が飛び込んできて一発撃った。私も拳銃を首相の右こめかみにこらし引き金を引いた。するとこめかみに小さな穴があき血が流れるのを目撃した。