筋を通すってなんだ
「筋を通す」に似てそうな言葉
道理を通す
理屈を通す
「筋を通せ」になんか変な感じを覚えるcak.icon
「筋を通す」は自分の中でやることな気がする
who1.iconが自分の中で筋を通したとおもっていても、who2.iconにとっては筋が通されていない、と感じることがありそうと思っているからだろう
このとき、who2.iconがwho1.iconに筋を通せといっても伝わらなさそう
似たような価値観を持っている場合、伝わることがあるだろう
who1.iconが筋を通したつもりだが、内心の深い部分で筋を通していないと気付いていたときにも伝わるだろう
who2.iconがwho1.iconに「筋を通せ」というときにどういうことを考えているか?という部分にある種の強要を感じるのでそのことを変な感じだと感じているのだろう
who1.iconが自分の中で筋を通したとおもっていても、who2.iconにとっては筋が通されていない、と感じることがありそうと思っているからだろう
これは筋を通す話を調べるとよく出てくるSummer498.icon
who1.iconが筋を通したつもりだが、内心の深い部分で筋を通していないと気付いていたときにも伝わるだろう
バレるやつ
そんな超能力みたいな話あるのだろうかと思うが、who1.iconwho2.iconの両方を経験すると、あるよね~という感じがする。
相手の筋が通っていないのがバレバレの時、やるせないを通り越して文字通り許せなくなる
許したら大変なことになる
Summer498.iconが筋を通すについて調べ物をしていて、スッキリとした答えは無く正解に向けて漸近していく物のように思った。
筋ってなんですか?なんなんですか?教えて下さいよう!
と言って出てくるものではない。
凄く実行しやすい意味で筋を通すと言っている人も居る。
年長者に挨拶をしておけ程度の意味合いだったりすることもある。
これも大切なことで、
しないとバレるのも共通するし
しないと禍根が生じるのも共通する
凄く実行しづらい意味で筋を通すと言っている、あるいは思い込んでいる人who11.iconも居る。
この意味の場合は、who11.iconは実行しづらい難題と思っているのでそもそも他人にそんな難しいこと言わないかもしれない。
なので、「思い込んでいる」の場合がある。
矛盾なくとか、整合性を持ってとか、これまでの全てと辻褄を合わせてとか
本気で取り組めばどこかで詰んで「あ、多分この意味で解釈してると無理して死ぬわ」ってなる。
スッキリとした答えが無いということは書けるんだが、その中での自分なりの説明がうまく書けない。精進が要る。
筋は通すものなのか通るものなのか
自動詞なのか他動詞なのか
通すこともある。通ることもある。
筋が通る、通らないの議論もある
筋を通す、通してないの話もある
これ多分自動詞と他動詞だと大分意味違うやつ
他動詞(能動的に対象にアプローチできるもの)で表現する「筋を通す」って比較的簡単な「挨拶をちゃんとしておく」とか
その筋は通しておいたから
自動詞で(能動的に対象にアプローチできない/するものではないもの)で表現する「筋が通る」は比較的難しい
話に筋が通っている
その話は筋が通らない
他動詞「筋が通る」で考えている人にとっては「筋を通した」とか「筋を通せ」とかの自動詞的な言い方には「そんな簡単に言うもんじゃない」と思うのではないか。
なにか自分の力の及ばない、自然と通るか通らないか、そういう意味合いで捉えていると「通した」なんて軽々しく言えないし、「通せ」なんて難題は言えない。
一番やばいのはクッソどうでもいいことをして、筋を通した気分になって「私は筋を通したんだからあなたも筋を通して下さい」って言い張ることだと思うSummer498.icon
要は持論をフィードバックに基づき訂正する話だと思ってて、それを相手が筋を通したかどうかで切り替えるような話に持っていくのが、ややこしくなる原因に見えるinajob.icon
これはこれ、それはそれで課題を解消すればよいと思う
その if 文走らせてる人いたら大変だと思うSummer498.icon
if 文どんどん増えていくだろうし
書き始めのところで、「筋を通す=要は持論をフィードバックに基づき訂正する」だと思って読んでたんだけど合ってるのかなSummer498.icon
この認識で、「wakaru.icon」って思っている
と思ったが、違うかも(wakaru.iconと思ったけど違うかも)。
持論をフィードバックに基づき訂正するって「反省」じゃないか?
一般的にありふれた抽象的な言葉の定義ムズいかもしれない。
自信がないなぁ、「筋を通す」になにか妙なニュアンスを感じたので自分の言葉に置き換えて書いたように思うinajob.icon
そういう時、気になるようなら掘っておくと良いかもしれないけど深淵を覗くかもしれないSummer498.icon
nyarla.icon
個人的に、相手方と揉めた場合の「筋を通す」という行動は下記のようなものだと考えてます
1. 自身に非があることは素直に謝罪する。言い訳しない
2. 自身の行動で指摘された点は素直に受け取る。これも言い訳しない
3. 出来るか出来ないかは別として、指摘された点は改めるよう努力する
まず(1)については必須項目だと考えていて、これがないと話が進まないと考えている
次に(2)についても、これは(3)の前提となることなので、納得がいかなくても受け取る必要があると思う
最後に(3)については、これは努力している様子を見せることが「筋を通す」ことだと思う
出来るか出来ないかは個人の力量次第なので、出来てない場合もある
そのため「出来ていない」ことを理由に「相手から許されない」という場合もある
これは(1)と(2)にも関連するけど、自身の非のある事に関しては甘んて受け入れる他ないと思う
ただし努力してもできていない事を「できてない」とあげつらうことは、そっちの方が「筋が通してない」
人間、努力しても出来ないことは出来ないので、そこは止むを得ない
とは言え「努力しない」と「努力しても出来ない」は、相手へ行動を示す上では大きく違うと思う
「筋を通す」という語義にnyarla.iconのこれ↑を包含する認識をしていたSummer498.icon
なので逆に筋を通していないという風に相手から言われるのはやるせなくなる。
こんな時でも自分の主張をするんかー……と。
他人から言われる分には「あー、通ってなかったかー」と思うかも
包含するということはこれよりも広いことも考えたりする。
その論理が通るとコミュニティ的にどうなるのか等を考えるとか
その倫理が通るとコミュニティ的にどうなるのか等を考えるとか
「努力しても出来ない上に努力していないように見える」状態になることがある。Summer498.icon
精神病になると振る舞いがあまりにもおかしなことになり、理性や意思に従って行動している前提で読み取ると「努力していない」「努力する意志がない」ように見える。
究極すぎる例ではあるが、そういう状態のときほど揉めに揉め倒して謝罪が必要になることがある。幾つかの症状が組み合わさると揉めるべくして揉めるみたいな状態が発生する。
人によるが、Summer498.iconは相手がこの状態であることが分かった瞬間に理屈抜きでなんかストンと許せた。
そのような事案が引き起こされたのは仕方がない状態であること、ちゃんとした筋の通し方を求めようがない状態であることなどが、そのような言語化を通したわけではなくストンと来た。(言語化の方は後からやっている)
お茶.icon terang.icon
感謝Summer498.icon
人によっては、あるいは事案によっては「それで許されると思っているのか」と許せないことも有り得ると思う。
例えば村を燃やされたとか。