生産第一
1900年代初頭にはなんと「生産第一、品質第二、安全第三」というスローガンで、安全よりも生産性が重視されていました。 その当時、アメリカは不況に見舞われていたため、労働に従事する人は過酷で劣悪な環境で仕事することを与儀なくされていました。 そして、それらの過酷な仕事には命の危険が伴うことも多く、労働災害によって命を落とす人が後を絶ちませんでした。 ご存じの方も多いと思いますが、「安全第一(Safety First)」という言葉は、昭和の初め1900年代初頭にアメリカで生まれました。当時世界最大の鉄鋼会社であるUSスティールにおいて、社長のエルバート・H・ゲーリーが、それまでの「生産第一、品質第二、安全第三」という会社の方針を「安全第一、品質第二、生産第三」に変えたことが発端だとされています。 彼は、熱心なクリスチャンであり、労働者たちが日常的に発生する労働災害に苦しむ姿に心を痛めていたということです。その彼は、経営者となったとき、人道的見地から経営方針を根本的に変えたのでした。 その結果、労働災害が減少したことにより労働者の出勤率が上がり、品質・生産性も向上して、その後上向いた景気に合わせて業績向上を達成しました。そのような成果もあって、「安全第一」という標語はやがてアメリカ全土に広まったのみならず、世界中に広まり、我が国にも伝わりました。日本では、当時は「安全専一」と翻訳されたそうです。 「安全第一」は、「安全専一」から変化し、昭和3年(1928年)から始まった全国安全週間のテーマとなっています。 全国安全週間は、その後戦時中も一回の中断もなく今日に至っています。