犯罪被害後のトラウマで苦しんでいる時に加害者や類似行為をした人たちの容認を見ると酷い気持ちになるという現象があると思う
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被害に遭ってからフラッシュバックとか対人恐怖とか出来事の記憶で苦しんでいるときに、そういう犯罪をした本人や似た犯罪をした人たちが人々から容認されてるのを見るとひどい気持ちになる、があると思う
被害にあった人間と、同種の被害にあった人間を、心の内側で起こることから守るために、作品を停止するんだと思う
こういうときにひどい気分になると思う
自分にそれをした人がSNSやテレビの中で笑顔でいるのを見たときとか
自分にそれをした人の作品が褒められている様子を見たときとか
自分にそれをした人と同じ種類のことをした人が、容認されているのを見たときとか
犯罪をした人への扱い方は、直接被害にあった人だけでなく、それと似た被害にあった他の人にもメッセージを伝えそう
例えばアイカツのライブでその人の曲が、外されることなく行われたときとか
その人が謹慎せずにバンドのライブに出たとか
友達がその人の作品を褒めているとか
これらの扱い方に接触したとき、された行為が悪くなく許されるものだとして伝わってくると思う
「自分が悪かったのかもしれん」みたいに考えているときに追い打ちになる
曲名を呼ぶときに著作権管理番号を使うとかをすれば、容認されていないというメッセージにできるのかな?
どこまで尊重するかで結構立場が分かれると思う基素.icon
尊重を徹底すると社会コストが膨大になる(上の例で言うと曲名を管理番号に呼び変える手間のこと)
嫌いなものをどれだけ許容できるのかと言う社会の重心(表現の自由の核心)にも関連していると思う
切り出し時に最初の文を圧縮してタイトルとしたSummer498.icon