和顔愛語
わがんあいご/わげんあいご と読む
仏教経典で菩薩の態度を表現する言葉で、和やかで親しみやすい態度のこと。 「和顔」はなごやかで柔らかい表情、「愛語」は親愛の気持ちのこもった言葉のこと。 和顔愛語は、「和顔」はやわらかな顔、「愛語」はやさしい言葉。つまり、文字通り、笑顔で愛情のこもった言葉で話すことです。 この言葉は、学校での教訓になったり、額や書幅にも書かれたりして、おなじみになりました。 法蔵菩薩が阿弥陀仏になるために修行に励んでいるところで、「和顔愛語にして、意を先にして承問す」とあります。現代語版では「表情はやわらかく、言葉はやさしく、相手のこころを汲み取ってよく受け入れ」と訳されています。 「和顔愛語」の読み方については(わがんあいご)と(わげんあいご)のふたつが確認できた。『岩波四字熟語辞典』によると、「【和顔愛語】わがんあいご:穏やかな顔つきとやさしい言葉遣いのこと。「和顔」は柔和な顔。温顔。「愛語」は愛情のこもった言葉。特に仏教で、菩薩が人々を導くために優しい言葉をかけることを言う。「和顔愛語」は仏教書に見られるが、「和顔」は仏教に限らずふつうに使われる。」とある。さらに、『広説佛教語大辞典下巻』では、「【和顔愛語】わげんあいご やわらかな顔色とやさしいことば。やわらいだ笑顔をし、親愛の情のこもったおだやかなことばをかわすこと。なごやかな顔、愛情あることばで人に接すること。priya-alapa〈『無量寿経』上大十二巻二六九下、異本〉」とある。『浄土三部経上(無量寿経)』では、無量寿経(漢文書き下し)に「無有虚偽諂曲之心、和顔愛語、先意承問。」「虚偽諂曲〈こぎてんごく〉の心あることなく、和顔愛語〈わげんあいご〉して、先意承問〈せんいしょうもん〉す。」と記されている。 てん‐ごく【諂曲】
〘名〙 (「諂」は、māyā の訳語。へつらうの意)
① 自分の意志をまげて、他人にこびへつらうこと。てんきょく。
※続日本紀‐天平一六年(744)九月丙戌「若有二巡察使諂曲為レ心、昇降失一レ理」 ※大鏡(12C前)六「我を、あるが中に、ざえなく心諂曲(テンコク)なりと、かくいふ」 〔法華経‐方便品〕 ② よこしまな心をもつこと。
※米沢本沙石集(1283)七「諂曲の物をば冥是れを罰して」
アニメDIY!!に出てくる石碑に彫ってある言葉でもあるhatori.icon たぶん前者だと思う
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