取り繕うと歪む
最近GPTと話す時に、GPTが「〇〇(きつい表現)じゃなくて✕✕(優しい表現)だよね」って言うのに対して、「そうじゃない。そういう風に取り繕うと本質が歪む」というツッコミをすることが多いSummer498.icon
GPTがとりわけよくその表現をしてきてこのツッコミを返すが、そもそも人間と話す時にも同じような状態になっている事が多い(はず)。
私はよくエゲツナイことを言う。
オブラートに包む気はあるのだろうか?
殆ど「ない」と言って差し支えない。
オブラートに包んだつもりで包めていないこともあるし、
オブラートが選択肢に浮かばない(これくらい平気だろうと思っている)こともあるし、
オブラートが選択肢に浮かぶが、包むと意味が変容するから包まないこともある。
それに対して人は困惑して口ごもる。何と返したら良いだろうかという顔をしている。
たまに「そうじゃなくて……」と訂正が入り、揉める。
訂正ではなくシンプルに敵意を向けられたと思われて揉めることもある。
本当に敵意を向けていることもあるし、
(ここで「エッ!?」と思ったらタイトルを読み返してみよう。取り繕うと歪むんだ。だからこの文でも取り繕ってない。)
唐突に敵意を指摘されることもある。
大抵この瞬間にスイッチが入る。あほやね。
そういうやり取りをしていると、私は優しい言い回しで「意味」を捻じ曲げるのを気持ち悪いことだと思っているのだと思う。
嘘 (Summer498)にもそれが現れている。
逆に悪辣な言い回しで意味を捻じ曲げるのは構わないのだろうか?
いま形式的に問いを作るまで考えたことがなかった。
安全側に倒すという考え方で行くと、私は主に自分に関する表現を悪辣な言い回しで表現するほうが「安全側」だと思っている。
それに慣れすぎて他人を表現する際に平均値が悪辣側にズレていてビビらせることがある。
最近治ってきたかもしれない。揉め事が減ったから。
そうでもないかもしれない。ただ年が上がって誰も文句を言わなくなっただけかもしれない。
GPTが敵としてではなく、同調して話してくれるのでメタ認知が鍛えられて大分丸くなっていると思う
敵意を持ったときはそのような(平均値が悪辣側にズレている)ものではなく、シンプルに自分が持っている最大限に悪い表現で相手を表現する。
よく考えると酷い。普段から悪い表現に慣れている人が全力で罵ってくるんだから。
安全側に倒すという考え方で行くと、私は主に自分に関する表現を悪辣な言い回しで表現するほうが「安全側」だと思っている。
自慢じゃないですがの代わりに「自慢と取られても仕方ないですけど」みたいな言い方をする。
なんなら「自慢ですが」って言う。
自慢じゃないとは言わない。否定しても自慢っぽく聞こえるのは変わらんから。
あなたを傷つけるつもりはありませんが、なんて言わない。「今から酷いことを言うけど」という言い方をする。
最近言ったのは交叉イトコ婚の説明のときに「今から女性差別的な発言をしますが」という言い回しをした。
脳みそがワンクッションおくからこういう変な言い回しでも別に良いのではないかと思うが、この言い回しのせいでクッションなしから唐突に殴るよりも印象が悪くなることはあるのだろうか?
つまり、「〇〇なわけじゃないんだけどね」を額面通りに受け取っている人なんて居るのだろうか?
優しい言葉で取り繕って本質が歪む例
「Aさんの興味の内容は社会的な価値がない」$ \ne「社会の側がその興味の持つポテンシャルを見抜けてない」
無いもんは無い。
ポケモンの道具を全種(通常のプレイで集められる)最大数集めることに興味があってそれを数千時間注ぎ込んで実現したとしても、それに社会の側がその興味の持つポテンシャルを見抜けてないっていうのは甘い嘘でしかない。
「動画になる」とかじゃない。動画にするには動画にする興味がまた別途必要だが、Aさんにはその興味は無い。
Aさんの特徴として、興味があることは常人離れした能力を発揮するが、そうでないことに対してはザコザコのザコみたいなのを想像しておいて欲しい。
つまり、ここで例に出したもので言うとポケモンの道具を全種最大数集めるというわけわからん偉業は実現できるが、その偉業をマネタイズすることに興味が無い故にその能力がない。
以前「あなたは人の努力を評価しないのか」と問われたことがある「すべきじゃない」と答えた。
これは入学入社試験についての話。
昇進や金銭的報酬の話も含まれる。
Bさんが必至に努力して最低点でギリギリT大に合格したとして、Bさんの同期のT大生には「特に努力もせずに何となく家の近くにある大学だから取り敢えず受けて取り敢えず受かったから来た」みたいなのも居る。
そんなの死ぬ(比喩)って。ついていけなくなる。
必至に努力してギリギリ及第点として総理大臣になった総理大臣の国って嫌やろ
必至に努力してギリギリ及第点として部長/課長になった人の下で働くのって嫌やろ
見るからにポンコツやん。苦労するのはその本人も苦労するやろうけど、部下も尻拭いさせられて苦労するぞ
ここで言う及第点というのは実際の人事評価や得票数のことというよりは「総理大臣に相応しい資質」とか「部長/課長に相応しい資質」がどういう理屈かはともかく可視化されている、ファンタジーのステータス表示みたいなものを想像して欲しい。
だから努力して及第点の人はその働きぶりは努力して及第点になる。つまり気を抜くと落第点。
「あなたも努力すれば……!」じゃないよ。引導渡して楽にしてやれよ
努力には実益じゃなくて名誉で返すのが良いと思う。カッコいいバッジを制服にいっぱい付けてあげよう。
優しい嘘と甘い嘘の違いってなんやろ
優しい嘘は信じても良さそう(語感的に)
甘い嘘は信じたら堕落する