何かをとらえようとする
自分の場合は、何かをとらえようとするとき関連(グラフ?)ではなく、イメージやビジュアルでとらえることが多いので、輪郭として落とし込むことへのモチベーションを感じないが、デライターの人々のモチベについてはよく理解できる
完全に言い当てられて驚いてるzatsma.icon
当たっていて驚いているcaki.icon
逆にこのあたりがわかってない、こういう捉え方を他人と共有する場合にどうやっているのか気になるzatsma.icon
イメージやビジュアルでとらえることが多い
これはイメージのまま他人と共有することを想定しておらず、考えるときの道具のような位置づけcaki.icon
何かをとらえようとするとき関連(グラフ?)ではなく、イメージやビジュアルでとらえる
ここで言っているイメージやビジュアルは、コアイメージみたいなもの
言葉で説明するのは難しいが、「何か(対象)」は、それをとらえようとするとき、たいていの場合中心が揺らぎがもっとも少なく、中央から広がっていって外側に近くなるとゆらぎがおおきくなる
外側から対象を描くのがたぶん輪郭
中心部分を抽出してイメージとしてとらえ、ほかを捨てるのがcaki.iconのやりかた
あまり記憶力がよくないので単純化してとらえているんだと思う
言葉にすると単純化されすぎてしまい、本質ではなくなっちゃうのでイメージになっている
その場でほかの概念とリンクするのが苦じゃないのでそうしているという説もある
たまに変なとこにつながる
魔法の説明を聞いている気分zatsma.icon
言語思考の人たちの話聞いてると同じ気分になるcaki.icon
関連して思い出したけど、ビジュアルシンカーにはデライトはウケないのかもしれない?zatsma.icon そういえばデライトで図解などを投稿したいときはどうするんですか?nishio.icon
Mermaid記法などを使うこともある
追記: この何かをとらえる方法についてよりく考えてみると、最初からそこにイメージやビジュアルがあるのでもなさそう、どこまでがバーバルの人たちと共通するのか知りたい気持ちがあるので、なるべく具体的にかいてみるcaki.icon
抽象的なものについて考えるとき、そこにまず「感じ」がある
人間や抽象的な概念など
それについてより深く考えようとするとき、その「感じ」を何度もとらえていくことにより、ビジュアルに落とし込まれる
ビジュアルに落とし込むのは、たぶんバーバルの人たちの言語化と一緒(だと思う)で、扱いやすくするためである。脳内の言語としてビジュアルが主採用されているため、こうなる
「感じ」は音とか身体感覚とか色みたいなもので構成されている。音が言語を話している場合もある
感じ、があるのわかるonuma.icon
より一意なものになると、それは具体的なビジュアルイメージになる
リンゴとかドクペとか
抽象的なものをビジュアルにすることで、このような一意に近いものと同等に扱えるようになり、便利
これらの思考の層とは別に内言がある、内言は意識の表層に近い部分にあり、音声で話されている
何かを言語化する必要があるときにその試し書きとして内言が使われている、また思考自体は思考の層で行われているが、問いや道筋を明確化したいときにそれらを確定していく方法として内言が使用される