人生の七つの幕
前公
われ~ばかりが不幸《ふしあはせ》ではないのだ。此廣い世界の劇場では、 われわれが演じてゐるそれよりも、一層《もつと》あさましい場面が演ぜられてゐるのだ。
ヂュー
人間世界は悉く舞臺です、さうしてすべての男女が俳優です。 めいめいが出たり入ったりして、一人で幾役も勤める、一生は先づ七幕が定《きま》りです。
赤ん坊
初めは誰れしも赤ん坊で、乳母《ばアや》の手に抱かれて、おぎゃァ~といって、涎を埀らす。
小学生
その次は鼻を鳴らして泣く小學生徒。鞄をぶらさげて、起きて洗ったばかりのてら~顏をして、 いや~學校へと蝸牛《でん~むし》のやうに歩く。
恋人
その次は情人《こひびと》。火爐《いろり》よろしくの溜息をして、 其意中の女の眉附か何かを讚めちぎった哀れな小唄を口づさむ。
軍人
それから軍人《いくさにん》。竒態な猛烈な誓言が口を衝いて出る。口髭は豹よろしくで、 おッそろしく體面を氣にして、喧嘩ッ早いこと此上なし、水泡《あぶく》のやうな名譽の爲にでも、隨分、 大砲の筒口へ向って行く。
裁判官
その次が裁判官。賄賂の閹鷄《ケーポン》のお庇《かげ》で、 肚《はら》は布袋よろしくだが、目附は閻魔大王、型にはめて刈り込んだ髭、 いろんな格言を知ってゐれば普通の裁判事例は何でも心得てゐて、其役目をも勤める。
老人
第六となると、痩せこけた、上草履でとぼ~あるきの道外爺さんに變る。 鼻に眼鏡、腰には巾着、丹念に保存したものゝ、若い時分の筒袴《だんぶくろ》は、 其衰へた脛には、滅法界もなく太過ぎる。さうして太かった男らしい聲も今は子供聲へ逆戻りして、 細々と口笛のやう。
第二の幼児期
とゞのつまりの、此變な、複雜な劇《しばゐ》の大詰は、 第二の小兒と變って、一切空に歸すのです、すなはち、無しづくし、 齒なし、目なし、味覺なし、何《なンに》にもなし。