プロ棋士は複雑なものを複雑なまま処理
mtane0412.icon
Podcastで知った
まだ読んでない
将棋のプロ棋士は盤面を見たとき実質0秒で盤面の意味を把握している
論理を使っていない
視覚野→楔前部(モノがどこにあるか、エピソード記憶を呼び起こす)→尾状核(判断や直感)
プロは尾状核の活動が高いほど詰将棋の正答率が高くなる 直感、判断
アマはそれほど相関が現れない
+1nishio.icon
身体能力の異なるロボットに概念(シェマ)を作らせる実験において、身体能力の高いロボットはあまり概念を作らなかった
このページの文脈でいうなら、複雑なものを複雑なまま認識することはコストが高いときに言語的シンボルが作られるのだと思う
複雑なまま認識できるなら言語を使う必要がない
逆に言語化抜きで理解できることは面倒くさいので言語化したくないこともあるSummer498.icon
運動感覚とか、コツとか言葉にしてもしょうがない感じがする
それを身につけられそうな練習法を言語化するのは価値を感じるが
ある程度抽象化(より必要な情報に焦点を当てる)はしてるだろうけど
その抽象化も一瞬なんだろうな
(よく知らないが...) 合ってる!?
言語 -> 古典的な "駒の評価" などによる評価
脳の言語処理もニューラルネットではある
言語化して、言語化されなかった情報は忘れて(情報圧縮して)評価する、ということをしないのがこちら? アマチュア棋士がこうしているかというとどうなんだろうとも思うがyosider.icon
複雑なものを、ルールに分解して処理しようとした第二次AIブームと、複雑なまま処理しようとする今の第三次AIブームを連想したtaktamur.icon
ルール ≒ 言語化、抽象化というイメージ
第二次AIブームでは、ルールがとんでもない数になったり、そもそもルール化できない範囲が現れたりで終焉した、ように思う
さすがにこの時代には居なかったので、自分のイメージ
今のAIは、複雑な物事を何億とかのベクトルデータにしてそれをそのまま処理している
このベクトルデータは、人間ではもう扱えない
物事の入門とか学習時には「ルールベース」処理で進んで、さらにその先のトップレベルだと「複雑なものを複雑なまま」処理するようになるのかなぁと妄想taktamur.icon