ブラック=ショールズモデル
概要
ブラック=ショールズモデルはデリバティブの価格づけに現れる偏微分方程式(およびその境界値問題)のこと(ブラック–ショールズ方程式)。
ブラック=ショールズモデルは様々なデリバティブに応用できるが、特にオプションに対しての適用が著名である(ブラ…)。
ブラック-ショールズ方程式はヨーロピアンオプションのオプション・プレミアムの値を解析的に計算できる(ブラ…)。
しかし、アメリカンタイプのプット・オプションについては(解析的には)計算できない(ブラ…)。
ただし、ブラック-ショールズモデルにおけるアメリカンコールオプションの理論価格はヨーロピアンコールオプションの理論価格と一致する(ブラ…)。
関連用語
デリバティブ
デリバティブ――あるいは金融派生商品――とは、より基本的な資産や商品などから派生した資産あるいは契約である(デリバティブ)。
デリバティブの価値は基礎となる金融商品(原資産)の変数値(市場価値あるいは指標)によって、相対的に定められる(デリ…)。
本来のデリバティブ取引は、株式や船荷証券、不動産担保証券などの証券や債券、実物商品や諸権利などの取扱いをおこなう当業者が、実物の将来にわたる価格変動を回避(ヘッジ)するためにおこなう契約の一種である(デリ…)。
原資産の一定割合を証拠金として供託することで、一定幅の価格変動リスクを、他の当業者や当業者以外の市場参加者に譲渡する保険(リスクヘッジ)契約の一種である(デリ…)。
市場で取引される債券・商品には「標準品」「指数」がある(デリ…)。
オプション
オプションは、金融商品のデリバティブの一種であり、ある原資産について、あらかじめ決められた将来の一定の日または期間において、事前に定めた権利行使価格で取引できる権利のことである。買い手は権利を行使してもしなくても良い(オプ…)。
原資産が株式であれば株式オプション、金利であれば金利オプション、通貨であれば通貨オプションという。原資産として扱われているものとして、株式・株価指数・上場投資信託、債券・金利、外国為替、暗号通貨、天候、エネルギー・電力、貴金属・卑金属、農産物・畜産物、不動産があるオプ…。
オプションプレミアムはコール・オプションとプット・オプションに分かれる。
コール・オプションは、原資産を権利行使価格で買う権利のオプションである(オプ…)。
プット・オプションは、原資産を権利行使価格で売る権利のオプションである(オプ…)。
ヨーロピアンオプションは、満期日のみ行使可能なオプションである(オプ…ブラ…)。
アメリカンプットオプションは購入日から満期日までのいつでも権利行使することができるオプションである(オプ…)。
いつでも権利行使することができる分、アメリカンプットオプションのプレミアムは割高になっている。
また、行使日が分からないため価格付けが難しく、良い計算方法が理論化できていない。
しかし格子モデルや ブレネン=シヴァルツアルゴリズムなどがよく用いられている(ブラ…)。
モデル
ブラック–ショールズモデルは、1種類の配当のない株と1種類の債券の2つが存在する証券市場のモデルである。さらに連続的な取引が可能で、市場は完全市場であることを仮定している(ブラ…)。
そして、時刻 $ t における株価を $ S_t 、債券価格を $ B_t とする。株価は以下の確率微分方程式に従うとする。
$ \mathrm dS_{t}=\sigma S_{t}\mathrm dW_{t}+\mu S_{t}\mathrm dt$ \quad\cdots【株価の確率微分方程式】
ここで、$ W_t は標準ウィーナー過程であり、$ σ, μ は定数で、$ σ はボラティリティ、$ μ はドリフト(株価の平均増加率)である。よって株価は幾何ブラウン運動で表される。
また、定数の無リスク利子率を$ rとし、債券価格は次で表されるとする。
$ B_{t}=B_{0}\exp(rt)$ \quad\cdots【債券価格】
$ \mathrm dB_{t}=rB_{t}\rm dt$ \quad\cdots【債券価格(微分版)】
取引戦略
さらに、$ 0 ≤ t ≤ T で発展的可測な確率過程の組 $ (a_t(ω), b_t(ω)) を取る。$ a_t は $ t 時点で状態が $ ω の場合の株式の保有量、$ b_t(ω) は同債券の保有量である。
このような組 $ (a, b) を、株式と債券の取引戦略という。
自己資本充足的
区間 $ \lbrack0, T\rbrack における取引戦略 $ (a, b) が自己資本充足的であるとは、$ 0 ≤ t ≤ T の各時点 $ t に対し、次の式が満たされることである。
$ a_{t}S_{t}+b_{t}B_{t}=a_{0}S_{0}+b_{0}B_{0}+\int _{0}^{t}a_{s}dS_{s}+\int _{0}^{t}b_{s}dB_{s}$ \quad\cdots【自己資本充足的(積分版)】
この式の両辺を微分することで
$ d{\Big (}a_{t}S_{t}+b_{t}B_{t}{\Big )}=a_{t}dS_{t}+b_{t}dB_{t}$ \quad\cdots【自己資本充足的(微分版)】
を得る。
用語補足
ウィーナー過程(ウィーナー過程)
ウィーナー過程(数学におけるブラウン運動)は、ノーバート・ウィーナーの名にちなんだ連続時間確率過程である。
ウィーナー過程 $ W_t は次の条件によって特徴付けられる。
$ W_0 = 0
$ W_t はほとんど確実に(確率 1 で)連続
$ W_t は独立増分を持ち、$ 0 ≤ s < t なる任意の $ s, t に対して、$ W_t − W_s は正規分布 $ N(0, t − s) に従う
幾何ブラウン運動(幾何ブラウン運動)
幾何ブラウン運動は、対数変動が平均$ μ分散$ σのブラウン運動にしたがう連続時間の確率過程で、金融市場に関するモデルや、金融工学におけるオプション価格のモデルでよく利用されている。
幾何ブラウン運動の増分が$ S_tに対する比として表されることから幾何(geometric)の名称がつけられている。
発展的可測な確率過程
確率解析入門
$ d次元確率過程: $ t\ge0によりパラメータ付けられた$ \R^d値確率変数の族$ X=(X_t)_{t\ge0}=(X_t(\omega))_{t\ge0}を$ d次元確率過程という。単に確率過程といえば実数値$ (d=1)である。
確率過程が連続: $ d次元確率過程が連続とは、任意の$ \omega\in\Omegaに対し$ t\mapsto X_t(\omega)が連続であるときにいう。
フィルトレーション(filtration): $ \mathcal Fの部分$ \sigma\text-加法族の増大列$ (\mathcal F_t)_{t\ge0}が、各$ \mathcal F_tは$ \mathcal\sigma\text-加法族で$ \mathcal F_s\sub\mathcal F_t\sub\mathcal F、$ 0\le s\le tを満たすとき、フィルトレーション(filteration)という。
$ (\mathcal F_t)\text-適合: $ d次元確率過程$ X=(X_t)_{t\ge0}が$ (\mathcal F_t)\text-適合とは、任意の$ t\ge0に対して$ X_t:\Omega\to\R^dが$ \mathcal F_t\text-可測のときにいう。
発展的可測: $ d次元確率過程$ X=(X_t)_{t\ge0}が$ (\mathcal F_{t})\text-発展的可測とは、任意の$ t\ge0に対して写像$ \lbrack0,t\rbrack\times\Omega\ni(s,\omega)\mapsto X_s(\omega)\in\R^dが$ \mathcal B(\lbrack0,t\rbrack)\times\mathcal F_t/\mathcal B(\R^d)\text-可測のときにいう。
ただし、$ \mathcal B(\lbrack0,t\rbrack)\times\mathcal F_tは直積$ \sigma\text-加法族を表す。
伊藤の公式(伊藤の補題)
伊藤の補題は、伊藤清が考案した、確率微分方程式の確率過程に関する積分を簡便に計算するための方法である。
確率過程、とくにウィーナー過程$ B_{t}の積分を考える。
確率過程$ \{X_{t}\}が確率微分方程式$ \mathrm dX_{t}=f(t)\mathrm dt+g(t)\mathrm dB_{t}に従っているとき、
$ (\mathrm dX_{t})^2=(f(t)\mathrm dt+g(t)\mathrm dB_{t})^2
$ =(f(t)\mathrm dt)^2+2f(t)(\mathrm dt)(g(t)\mathrm dB_t)+(g(t)\mathrm dB_t)^2
$ =f(t)^2(\mathrm dt)^2+2f(t)g(t)(\mathrm dB_t\mathrm dt)+g(t)^2(\mathrm dB_t)^2
ここで、伊藤ルール
$ (\mathrm dB_{t})^{2}=\mathrm dt
$ \mathrm dB_{t}\mathrm dt=0
$ (\mathrm dt)^{2}=0
を適用すると、
$ =f(t)^2\cdot0^2+2f(t)g(t)\cdot0+g(t)^2(\mathrm dt)^2
$ \therefore(\mathrm dX_t)^2=g(t)^2\mathrm dt
$ h(t,x)が$ t,xについて二回連続微分可能とすると
$ \mathrm dh=\left\lbrack h_t\mathrm dt+h_x\mathrm dx+\frac12h_{xx}(\mathrm dx)^{2}\right\rbrack_{x=X_{t}}
$ \mathrm dh=\left.h_t\right|_{x=X_{t}}\mathrm dt+\left.h_x\right|_{x=X_{t}}\mathrm dX_t+\frac 12\left.{h_{xx}}\right|_{x=X_{t}}(\mathrm dX_t)^{2}
$ \mathrm dh=\left.h_t\right|_{x=X_{t}}\mathrm dt+\left.h_x\right|_{x=X_{t}}(f(t)\mathrm dt+g(t)\mathrm dB_t)+\frac 12\left.{h_{xx}}\right|_{x=X_{t}}(g(t))^{2}\mathrm dt
$ \mathrm dh=\left.h_t\right|_{x=X_{t}}\mathrm dt+\left.h_x\right|_{x=X_{t}}f(t)\mathrm dt+\left.h_x\right|_{x=X_{t}}g(t)\mathrm dB_t+\frac 12\left.{h_{xx}}\right|_{x=X_{t}}(g(t))^{2}\mathrm dt
が成立する。
確率過程を含まない積分表示では現れない$ xの微分に関する二次の項が存在する。
これはウィーナー過程の性質$ (dB_{t})^{2}=dtによる。
伊藤ルール
伊藤の公式は、$ h(t,x)の二次までのテイラー展開に
$ (\mathrm dB_{t})^{2}=\mathrm dt
$ \mathrm dB_{t}\mathrm dt=0
$ (\mathrm dt)^{2}=0
を適用して得られる形をしている。
伊藤ルールを用いると、次のような計算が出来る。
$ \mathrm d{\color{red}e^{B_{t}^{2}}}=2B_{t}{\color{red}e^{B_{t}^{2}}}\mathrm dB_{t}+\left({\color{red}e^{B_{t}^{2}}}+2B_{t}^{2}{\color{red}e^{B_{t}^{2}}}\right)\mathrm dt
方程式
ブラック–ショールズ方程式を導出しよう。
ヨーロピアン・コールのオプションプレミアムが無裁定となるように適正な価格となる条件
まず、ブラック–ショールズモデルの下で、満期 $ T において行使価格が $ K であるヨーロピアン・コールのオプションプレミアム $ C = C(S_t, t) が無裁定となるように適正な価格となる条件を求める。
区間 $ \lbrack0, T\rbrack で自己資本充足的な取引戦略 $ (a, b) を、各 $ t 時点で次のように定める。これを複製ポートフォリオという。
$ C(S_{t},t)=a_{t}S_{t}+b_{t}B_{t}$ \quad\cdots【複製ポートフォリオ】
上式右辺の複製ポートフォリオの自己資金充足性により、次の式が導かれる。
$ \mathrm dC=\mathrm d{\Big (}a_{t}S_{t}+b_{t}B_{t}{\Big )}$ \quad\because両辺を微分した。
$ =a_{t}\mathrm dS_{t}+b_{t}\mathrm dB_{t}$ \quad\because自己資本充足的(微分版)
$ =a_{t}(\sigma S_{t}\mathrm dW_{t}+\mu S_{t}\mathrm dt)+b_{t}\mathrm dB_{t}$ \quad\because株価の確率微分方程式
$ =a_{t}(\sigma S_{t}\mathrm dW_{t}+\mu S_{t}\mathrm dt)+b_{t}(rB_{t}\rm dt)$ \quad\because債券価格(微分版)
$ =(\mu a_{t}S_{t}+rb_{t}B_{t})\mathrm dt+\sigma a_{t}S_{t}\mathrm dW_{t}$ \quad\because項を整理した。
$ \therefore\mathrm dC=(\mu a_{t}S_{t}+rb_{t}B_{t})\mathrm dt+\sigma a_{t}S_{t}\mathrm dW_{t}$ \quad\cdots【ヨーロピアン・コール無裁定条件】
伊藤の公式
他方、伊藤の公式により次の式が立つ。
$ \mathrm dC={\frac {\partial C}{\partial t}}\mathrm dt+{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}\mathrm dS_{t}+{\frac {\sigma ^{2}}{2}}S_{t}^{2}{\frac {\partial ^{2}C}{\partial S_{t}^{2}}}\mathrm dt
$ =\left({\frac {\partial C}{\partial t}}+\mu S_{t}{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}+{\frac {\sigma ^{2}}{2}}S_{t}^{2}{\frac {\partial ^{2}C}{\partial S_{t}^{2}}}\right)\mathrm dt+\sigma S_{t}{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}\mathrm dW_{t}
ヨーロピアン・コール無裁定条件と、伊藤の公式の係数を比較してやると、次の式が得られる。
$ (\mu a_{t}S_{t}+rb_{t}B_{t})\mathrm dt+\sigma a_{t}S_{t}\mathrm dW_{t}=\left({\frac {\partial C}{\partial t}}+\mu S_{t}{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}+{\frac {\sigma ^{2}}{2}}S_{t}^{2}{\frac {\partial ^{2}C}{\partial S_{t}^{2}}}\right)\mathrm dt+\sigma S_{t}{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}\mathrm dW_{t}$ \quad\because左辺がヨーロピアン・コール無裁定条件、右辺が伊藤の公式
$ (\mu a_{t}S_{t}+rb_{t}B_{t})\mathrm dt-\left({\frac {\partial C}{\partial t}}+\mu S_{t}{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}+{\frac {\sigma ^{2}}{2}}S_{t}^{2}{\frac {\partial ^{2}C}{\partial S_{t}^{2}}}\right)\mathrm dt=\sigma S_{t}{\frac {\partial C}{\partial S_{t}}}\mathrm dW_{t}-\sigma a_{t}S_{t}\mathrm dW_{t}$ \quad\because項を整理した。
$ \left\{(\mu a_tS_t+rb_tB_t)-\left(\frac{\partial C}{\partial t}+\mu S_t\frac{\partial C}{\partial S_t}+\frac {\sigma ^2}2S_t^2\frac{\partial ^2C}{\partial S_t^2}\right)\right\}\mathrm dt=\left(\sigma S_t\frac{\partial C}{\partial S_t}-\sigma a_tS_t\right)\mathrm dW_t$ \quad\because項を整理した。
任意の$ \mathrm dt,\mathrm dW_tに対して式が成立する時、これらの係数が共に$ 0となる。よって、
$ a_t=\frac{\partial C}{\partial S_t}$ \quad\cdots【補助式1】
$ \mu a_tS_t+rb_tB_t=\frac{\partial C}{\partial t}+\mu S_t\frac{\partial C}{\partial S_t}+\frac12\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2C}{\partial S_t^2}$ \quad\cdots【補助式2】
$ \mu \left(\frac{\partial C}{\partial S_t}\right)S_t+rb_tB_t=\frac{\partial C}{\partial t}+\mu S_t\frac{\partial C}{\partial S_t}+\frac12\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2C}{\partial S_t^2}$ \quad\because補助式1より
$ rb_tB_t=\frac{\partial C}{\partial t}+\frac12\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2C}{\partial S_t^2}$ \quad\because項が打ち消しあって消える
$ \therefore b_tB_t=\frac1r\left(\frac{\partial C}{\partial t}+\frac12\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2C}{\partial S_t^2}\right)$ \quad\cdots【補助式2.1】
ブラック・ショールズ方程式
ここで、複製ポートフォリオの式より
$ C(S_{t},t)=a_{t}S_{t}+b_{t}B_{t}
$ =\left(\frac{\partial C}{\partial S_t}\right)S_{t}+b_{t}B_{t}$ \quad\because補助式1より
$ =\left(\frac{\partial C}{\partial S_t}\right)S_{t}+\frac1r\left(\frac{\partial C}{\partial t}+\frac12\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2C}{\partial S_t^2}\right)$ \quad\because補助式2.1より
$ rC(S_{t},t)=rS_{t}\frac{\partial C}{\partial S_t}+\left(\frac{\partial C}{\partial t}+\frac12\sigma^2S_t^2\frac{\partial^2C}{\partial S_t^2}\right)$ \quad\because両辺に$ rをかけた
最終的に以下の偏微分方程式(ブラック・ショールズ方程式)を得る。
$ rC={\frac {\,\partial C\,}{\partial t}}+{\frac {1}{2}}\sigma ^{2}S_{t}^{2}{\frac {\,\partial ^{2}C\,}{\partial S_{t}^{2}}}+rS_{t}{\frac {\partial C}{\,\partial S_{t}\,}}
境界条件
ブラック・ショールズ方程式の境界条件は以下の通り。
$ C(0, t) = 0$ \quad($ t (≤ T) は任意)
$ C(S_t, t) ∼ S_t\ \mathrm{as}\ S_t → ∞$ \quad($ t (≤ T) は任意)
$ C(S_T, T) = \max\{S_T − K, 0\}