ネコは砂糖に味を感じない
味覚は生物の生存に深く関わる食行動を制御するために進化してきたと最初に述べた。一方で、生物の進化に伴う食行動の変化とともに、生存に必要なくなった味覚は失われもするし、また必要になれば、新しい味覚を獲得することもある。このようにして生まれる生物の種間での味覚の多様性だが、これは味覚受容体にみられる違いで説明ができる。ヒトと違って猫が甘いものを好まない、というのは一般によく知られた一例であろう。その原因は、現代の猫は、甘味受容体Tas1R2/Tas1R3の半分を構成するTas1R2を遺伝子レベルで失っており、そのせいで甘味物質への感受性が失われているためである(Li,X.et al.PLoS Genet:(2005)1: 27-35)。実はこのTas1R2の欠損に伴う甘味の感受性の欠如は猫に特有のものではなく、肉食動物に広くみられる一般的な進化の結果であることもその後の研究で明らかとなった(Jiang,P.et al.Proc.Natl.Acad.Sci.USA:(2012)109: 4956-4961)。肉食動物への進化の過程で、糖類を多く含む果物などを食物の選択肢から除外し始めると、生存にとって甘味を感じる必要性が失われた。そうすると甘味受容体に突然変異が蓄積し始め、ついにはその機能を失うことになった、というわけである。進化の過程で味覚を失う例は他にもみられ、竹の葉を主食にするパンダはうま味受容体の構成分子を遺伝子レベルで失っており、食べ物を咀嚼せずに飲み込むイルカは甘味受容体もうま味受容体も遺伝子レベルで失っていることが知られているが、こうした味覚の退化の意味は、彼らの食行動に密接に関わっていると考えられているが、詳しいことはまだよく分かっていない。