デライトに関してAIに思考させる
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2024/04/27#662cf0f9cc1fc10000a0e2f5
記録と把捉・検索の区別は重要な視点
デライトは、断片的な情報を関連づけてネットワーク状に把握していくのに適したツール
食事記録のような日々の記録は、別のツールを使う方が自然かも
日常的な記録の蓄積から新たな気づきが生まれることもある
例えば、ある食材と体調の関係に気づくなど
これまで認知対象と考えていなかったものにも光を当てる可能性はありそうです。
情報の関連づけによる把握が主目的 → デライトに適している
出来事の時系列的な記録が主目的 → 他のツールが適している
2024/04/20#66230213cc1fc100005dfc21
認知対象を基礎単位とする発想
言葉ではなく認知対象を基礎とすることで、言語化しにくい曖昧な認知もそのまま扱えるようになる。
それが「脳のログ」に近いあり方なのかも
整然としたメモ帳ではなく、生々しい思考の断片の集積という感じ
その独特の世界観ゆえに、慣れるのに困難を伴う
特に、他者の認知世界の断片を自分のものに取り込むのは、かなりの覚悟が必要そう
これScrapboxは「思考の部品」を作り出す傾向があると関係しそうnishio.icon
混沌とした情報空間の中で、思いがけない発見や新しい関連づけが生まれるのかも
一つの世界観に没入しすぎるのも危険かも
scrapboxの共有編集によってなぜか自己否定に陥った - やってみる#6230bc4faff09e00005b2994
2024/04/14#661b7a9ecc1fc10000592380
他人の投稿を自分のネットワークに「引き入れる」機能
自分の関心に沿って、他者の知見を取り込んでいくことができる
「面白い」「へー」「たしかに」など、自分なりのタグ付けで知識を整理できる
検索窓での過去投稿の検索とリンク
新しい投稿と過去の投稿をすぐにリンクできるのは、知識のネットワーク化に役立つ
投稿IDのコピーと共有
個々の投稿を簡単に参照したり共有したりできるのは便利そう
本文のない投稿の活用
タグ的な使い方で、知識の構造化に使えそう
Scrapboxは、すべてがページ(ノード/トピック)
Scrapboxとデライトの比較から、非常に興味深い洞察が得られていますね。両者とも、知識の構造化や思考の補助を目指したツールですが、そのアプローチには違いがあるようです。
Scrapboxでは、すべてがページ(ノード/トピック)であり、それぞれのページが主人公になれる。つまり、同じ対象でも異なる視点から見ることができ、ページの遷移によって視点を切り替えられる。この自由な視点の切り替えが、思考を多元的・多次元的にしてくれるのでしょう。
一方、デライトでは脳内の様子をより直接的に表現しようとしています。タイトルが同じページを複数作成できるのは、同じ対象でも関係性によって現れ方が変わるからだと解釈できます。これは脳内での情報の表現により近いかもしれません。
ただ、デライトでは全てを一つの領域で扱おうとしているため、複雑さが増してしまう面もあるようです。それに対し、Scrapboxでは複数のプロジェクトを使い分けることで、関係性を再現できる可能性があるとのご指摘は興味深いですね。
両者の比較から浮かび上がるのは、知識や思考をどのように外在化し、構造化するかという問いです。完璧な方法はないかもしれませんが、ツールの特性を理解し、うまく使い分けることが大切そうです。
2024/04/27#662d2f9faff09e000061c0f2
ここまでを参考に思考させるnishio.icon
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Scrapboxの特徴
まず、Scrapboxの特徴を振り返ってみましょう。Scrapboxは、すべてがページ(ノード/トピック)であり、それぞれのページが主人公になれるツールです。同じ対象でも異なる視点から見ることができ、ページの遷移によって視点を自由に切り替えられます。この特性は、思考を多元的・多次元的にしてくれます。
また、Scrapboxは「思考の部品」を作り出す傾向があります。アイデアを小さな単位(ページ)に分解し、それらを組み合わせて思考を構築していくのです。この「部品」は、自分自身で繰り返し使われるだけでなく、他者の思考の中でも活用されやすいという特徴があります。
デライトの特徴
一方、デライトはどのような特徴を持っているのでしょうか。デライトは、脳内の様子をより直接的に表現しようとしているツールです。タイトルが同じページ(デライトでは「輪郭」と呼ばれます)を複数作成できるのは、同じ対象でも関係性によって現れ方が変わるからだと解釈できます。これは脳内での情報の表現により近いかもしれません。
ただ、デライトでは全てを一つの領域で扱おうとしているため、複雑さが増してしまう面もあるようです。
Scrapboxとデライトの関係性
さて、ここからがScrapboxとデライトの関係性を考える上で重要なポイントです。
Scrapboxは、複数のプロジェクトを使い分けることで、関係性を再現できる可能性があります。つまり、デライトが一つの領域で表現しようとしている複雑な関係性を、Scrapboxでは複数のプロジェクトに分散させることで、よりシンプルに表現できるかもしれません。
また、Scrapboxの「思考の部品」としての特性は、デライトにおける「輪郭」の概念と通じるものがあります。両者とも、知識や思考を小さな単位に分解し、それらを柔軟に組み合わせることを目指しているのです。
ただし、Scrapboxでは「部品」が時間をかけて洗練されていくのに対し、デライトでは「輪郭」が関係性によって多様に現れることに重点が置かれています。この違いは、両者の思想的な差異を反映しているのかもしれません。
Scrapboxは、知識や思考を徐々に精製していくことを重視しているのに対し、デライトは脳内の複雑な情報の表現により重きを置いていると言えるでしょう。
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少し理解が進んだ
デライトがそういう思想なのであればページタイトルの変更に伴ってリンクの文言をまとめて変換してしまうことは確かに「暴力的」だと思う
ブルートリンク(デライトが言う所の暴力的な方法)
update links を元々の記述(ブルートリンク)に書き換えSummer498.icon
調査ログ:update links とブルートリンクがブルートリンクされたのを戻せているかの確認作業
デライトが言う所の暴力的な方法は残しておく
それはリンクに期待している役割に違いがあるから
デライトはScrapboxよりももっと「まだ言語化できてないもの」に向き合っている
Scrapboxが元々Wikiや研究室内での情報共有に出自を持つので、個人の言語化支援にはデライトほどの重みをおいてない
しかし、であるなら、デライトは個人用ツールとして設計すべきだったのでは?なぜ複数人で単一の場にした?そこが根本的におかしい気がする
何人かが「自分の庭にできないこと」に不満を持っていたが、それは設計が用途に合ってないからでは
僕の思想としては、そういう「まだ言語化されてないものを言語化するプロセス」の支援においては、個人用で、かつ非公開であるべきだと思う。
公開するのは、あくまで事後的にやること
そもそも、言語化プロセスにあるものを共有されても他人はほとんどの場合は受け止められない
だから基本的にはしなくていい
これがKozanebaの設計思想
一方でこの設計思想だとユーザを増やすことに難しさがあるw
まあ、ユーザ数を増やしたかったのかな
空っぽの箱を渡されてもみんな使い方わからないしね
Scrapboxでも100ページくらいつくらないとわからないって言われてるし、たくさん書いてる人が公開してることによって使い方が理解されてる側面がある
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