『壁』の石川淳による序
壁というものがある。こいつ絶対に思想なんぞではない。堅固な物質でできている現実の壁です。何のために、壁はあるのか。 壁について最初の名案を示した人物は、ドストエフスキーでした。壁のきわまで駆けて来ても、やけにあたまをぶっつけて、あわてて目をまわすにはおよばない。そこで曲がればよい。じつに単純な著想(ちゃくそう)です。こういうことを革命といいますね。 壁学が進んだのはなかなか最近なんだなcFQ2f7LRuLYP.icon ところで、人間の智慧がすすむと、壁のほうでもだまって引っこむやつではない。(略)人間を圧(お)しつぶしにかかって来る。
このとき、安部公房君が椅子から立ちあがって、チョークをとって、壁に画(え)をかいたのです。
安部君の手にしたがって、壁に世界がひらかれる。壁は運動の限界ではなかった。