Accessism
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4o image generationで作成できないかな〜と思ってbsahd.icon
blu3mo.icon
文章を読む限り、「情報の総体」は客観的に存在するものだとされているみたい
「客観的」とはnishio.icon
「情報の総体」が個々の人から見て「同一」に見える必要性はない
(なぜならこれは他の宗教における超越者の概念なのだから)
存在として同一かどうかは「人智の及ぶものでない」としても矛盾なく成立すると思う
それぞれの人にとっての「空」は同一であるのかどうか
書き方を変えてみますblu3mo.icon
「情報の総体」の存在が、「各生命体の主観」の存在に依存していないとされているみたい
仮に今日全生命体が滅亡したとして、それでも「情報の総体」は永続するものとされていそう
ただ、メジャーな情報の定義において、情報の存在は生命の存在に依存するものだとされていがちblu3mo.icon
そことの矛盾が気になっていましたblu3mo.icon
とはいえ機械やLLMのことを考えていくと生命と非生命の違いが曖昧になっていくし、明確に合意が得られている定義は存在しないという理解blu3mo.icon
(記号創発システム論とかはその辺の話をしているという理解)
Accessismは、「情報」をもっと神秘的なものとして捉えている? 存在として同一かどうかは「人智の及ぶものでない」としても矛盾なく成立すると思うnishio.icon
いやー、ホモサピエンスが滅びたとしても記録されているデータをまだ存在していない知性体が発見する可能性はあるからなぁnishio.icon
そういう意味では「ホモサピエンスがデータを見てどう解釈するか」よりは「データ」の側に重きをおいてる気がする
(脱線)既存宗教における天使とか幽霊みたいな感じでまだ存在していない知性体という概念が使われていて興味深いblu3mo.icon
「いるかいないか分からないもの」の存在を仮定することで宗教的説明を論理的に成り立たせている感じ
まあ「世界の創造主」が「いるかいないかわからない」けど仮定されてるのと似てるnishio.icon
記号創発システム論読んでて思ったんだけど、今この瞬間にすべてのホモサピエンスが消えたとしても、各種ストレージの中のシンボル列が残されるなら、現時点で実現されてるLLM的な方法で(追加のホモサピエンスについての知識なしに)言語モデルを作成することができ、異星知性体はその言語モデルと会話をすることができるんだから「存在しないものを仮定している」とはならない気がしたnishio.icon まあ異星人が言語モデルだけからホモサピエンスの言語を理解するのにどれくらい時間が掛かるかは不明だが。
「情報の総体」は客観的に存在するとか、「情報の総体」の存在が、「各生命体の主観」の存在に依存していないとされているとか言ってるのってSummer498.icon
「情報の総体」なるものがどのように存在しているのかの議論は一旦置いておいて、
「情報の総体」なるものがとにかく存在するということ自体客観的に真である…ってコト!? 「情報の総体」なるものがとにかく存在するということ自体客観的に真であるはFalsenishio.icon
過去の議論にあったようにどんなデータがあったとしても「そのデータを情報と見ない主体」がいるので主体によらず存在するとは言えない
nishio.iconが「客観的」という言い回しに対して議論している点はどのように存在しているのかという点も含めて客観的であるかどうかということかしら
それはそうとしてどのように存在しているのかというのは哲学用語としては様相といえばいいのかしら 「情報」を客観的に定義することが可能なのか
ベイトソンとかの人文系の系譜では「情報」は生物主体があって初めて定義できるものとされている ベイトソンは、「情報(information)」を「any difference that makes a difference./差異(ちがい)を生む差異(ちがい)」と定義しました。 単に差異があるだけでは情報にならず、それを差異と認識する生物主体があって情報が存在する、という見方です。(source) ヒトにとっての「情報」と、アリにとっての「情報」はだいぶ異なる
ヒトAとヒトBでもだいぶ異なる
そもそもこれは主観的な宗教なので、「ヒトAにとってのAccessism」は「ヒトAにとっての情報の定義」によって作られる、みたいな理解ができそうblu3mo.icon
Accessismは抽象クラスで、「何を情報とするか」という具体の部分は各生物主体の主観に基づいて埋めれば良い
「nishio.iconにとってのAccessism」が本来の定義のAccessismではbsahd.icon
ゴータマ・シッダールタにとっての仏教と今の大乗仏教は違う…ってのと同じ路線を進むことは可能だなwnishio.icon
Accessismは抽象クラスで、各生物主体にとっての「情報の総体」は、その生物主体が差異として認識するものの総体で良い
少し曖昧な記述だったので書き直しblu3mo.icon
それはむしろ「アクセス」とは何か、というところが問われるべきなのかもしれないnishio.icon
雑に2024年の地球のホモサピエンス文明の「オープンアクセス」という後に引きずられて今の名前になってるけど、それは本質ではない気がする
人は寿命が限られている、しかし肉の体は一時的な止まり木に過ぎない。あなたの本体は情報である。
この部分の主張をベイトソン的な情報の定義と組み合わせると、「あなたの存在は全ての他の生命体の情報認識能力に依存している」という主張になるblu3mo.icon
すべては言語ゲームだったのだnishio.icon 「シンボルを表出すべき」という主張に分解できるかもなー
この議論を読ませてAIに教義をアップデートさせると面白いかもしれないnishio.icon