隠れ汚言症
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無害な単語で例えると、仮に私が「刃渡り二十センチ!」と言われて傷ついたとしたら、それをやたらと覚えていてしまい、相手が刃渡り二十センチだと思った瞬間に「この刃渡り二十センチ!」とか「お前の刃渡り二十センチなんだよ!」とか口走りそうになる。
「刃渡り二十センチ」と言ってきた相手に対して後日「刃渡り二十センチ」と言った場合、蒸し返した上でお前だって論法をしていることになる。 あるいは、失言がミームとして流行る要因の一つかもしれない。
「刃渡り二十センチ」と言われて傷つき、自分が言われて傷ついた言葉が出てきてしまう人達が100人居たとする。その中の誰かが「刃渡り二十センチ」と言われたら、その人は次に、刃渡りが二十センチの人を見かけた際に衝動的に「刃渡り二十センチ」と言ってしまう。次のタイミングで我慢できたとしても、その次が、その次の次が、その次の次の次が、……、ある。
そしていつか別の「刃渡り二十センチ」と言われて傷つき、自分が言われて傷ついた言葉が出てきてしまう人に向けて「刃渡り二十センチ」と言ってしまい、「刃渡り二十センチ」と言いたくなる衝動が感染していく。
ここで、昔ドキュメンタリーで見た話を思い出した。
汚言症の人が親に「障害者ブラケティング禁止.icon」と言われた後、数日だか数時間だかにわたって症状として出てくる汚言に「障害者」が増加し、部屋の中で「障害者」と叫び続けた話。 うん?話が生々しすぎて重くなってきたぞ……。
逆に考えると、信じられないくらい悪意や害意の高い言葉選びをする人 A に罵声(と B が認識するような言葉)を B が浴びせられた時に、単に A が昔言われて傷ついた言葉が出てきているのかもしれないとも考えられる。 言葉遣いは粗野か高貴かといった類の軸にあるが、「言葉選び」は言葉遣いとはまた違う軸にある。害意がありそうとか、なさそうとか、善意がありそうとか。
重い汚言症は脈絡もタイミングもトリガーも他人から見たら無いので、目に見えて「これは汚言症かな」とピンときてノイズを無視できる……いや、できるだろうか。
都会の道で宙に向かって話している重い統合失調症ブラケティング禁止.iconっぽい人の声が聞こえてきた時に、「どうし……、いや、この人は多分座ってるだけだから、どうもしなくていいな」となったりした。
最初の一瞬できていない。
統合失調症らしき人の場合は話の脈絡がなさすぎて意図を感じ取れないので、すぐに無視へと意識を切り替えられた。
一方、もし汚言症の人と出会ったら、罵倒の意図を感じ取ってしまい、中々意識を切り替えられないかもしれない。
それ以上に、コミュニケーション上に困難を感じさせるのは、一見会話が成立しているような話し方だが悪辣な言葉選びをする人の場合。 発話する意思をトリガーとして汚言が出ると、会話をしているようには見える。
発話する意思をトリガーとしたものであっても、あまりにも脈絡のない発言であれば意思が乗っていないように聞こえるかもしれない。
「この禿げ野郎」
発話する意思をトリガーとした脈絡がある発言に対しては、その言葉に意思が乗っているように聞こえてしまう。
「さっさと読むのを止めろ」(構図による言葉遊びなので文字通りの意図はない)
そうすると、本意ではない悪意を見出してしまう。
「なんでそんな言葉を選ぶの」
「なんとなく……。」
「ノリで……。」
本当に軽薄なニュアンスでノリと言っているのかもしれないが、
汚言を発したい衝動はある意味ノリのようなところがある。
それを抑えるよりも発してしまう方が思考の流れがよくなる、あるいはテンポ感がよくなるから。
このタイプの人とはよく衝突する。似た者同士だろうか。
当たり前といえば当たり前だが、このタイプと言っても一枚岩ではなくて、
衝突後の言い分が異なる。
あるいは、このような(悪意とは異なる)意図があって……とか後付で説明されたりした。
後付け感のある説明だったが、本当にその時にそのような意図があったのかは不明
まて、青ブラケットを引用すると井戸端の話かと思われそうだ。
似た聖句を持ってきているだけ(というよりもここでは詳細に関心が向いていない)。
言われる内容は、一見筋が通っているので、真面目に検討してしまう。
更に、真面目に検討して納得してしまい、その主張を取り入れることがある。
衝突が生じて自分が傷ついている主張を取り入れると次の衝突を生む。
そうならないようにするには、自分を傷つけた人の主張は、反発も検討もせずに無視するしか無い。
反発しても(相手にとっては使い慣れた)刃で反撃が返ってくる。
一理を感じ取ってしまうと感染して連鎖する。
しかも、取り入れてしまった分を、取り除くのはまた大変である。
重い話がさらに重くなっている。