近代は再帰性を伴う演技によって正統性を担保できるのではないか
from かつ のりしろ: 2026/04/28
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ロールズが第一原理に書いた基本的自由での、人格の自由と不可侵性を支える権利の一つとして、名誉毀損からの保護も位置付けられそうかね。
日本の刑法では事実の摘示の有無で名誉毀損罪と侮辱罪とが区別されるけども、いずれにせよ他者の社会的評価を公然と下げる行為が該当。「公然と」にポイントがあるように思われる。
ただし、公共の利害に関わり、かつ、公益が目的で、摘示事実が真実である場合、処罰されない。
まあ刑法はいいか。ロールズ的なリベラリズムの側面を強調するなら、単に我々は自由に振る舞えるだけでなく、自らの言動が他者や共同体に及ぼす影響を省みて、必要に応じて「自らを対象化し、反省を提示する」そういう責任が伴うってことになるんじゃないかな。
ここでの「反省」は必ずしも内面的な後悔の強要ではなく(それではフーコー的統治に陥る)、むしろ自らの価値を相対化し、そのことをフリであれ演技であれ提示すること。
また、指摘されたから、やめろと言われたからやめるといったリスト化や機能主義的対処でもない。
「ダシにする」とは様々に意味を解釈できるだろうけど、他者の言説を、自らを慰める移行対象(ウィニコット)として私的な拒否や感情を述べることは退行だと考える。どれだけ公的なことを述べても、それは市民としての資格を自ら放棄しているように自分には映る。
某SNSのような、自他未分化なパトスの排泄場のような場所にしたくない、と個人的に希望しているのかもしれないなあ。それはそれで偏った希望ではあるか。。
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いい話だから切り出したい→タイトルに迷った末に中に出てきた良さげなフレーズを切り取ってきた。
旧題: 自らを対象化し、反省を提示する
ありがとうございます。まだ仮題ですが変えちゃいましたterang.icon
ありがとう!その題は本人にしか絞り出せないSummer498.icon
旧題部分は要らんかなと思ったらタイトルから消しておいて下さい。
はーい。せっかくの命名に遠慮してましたが上に旧題残してくださったので、このページのタイトルから旧題の表記は消しちゃいますね → 消しました terang.icon
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