論理と経験の両輪で走る
from 2026/04/30
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論理は経験に劣るか?
劣りそう
経験則から得られた教訓の中には非論理的な事柄や、論理的にはなんとでも言えそうな事柄がある。
禅問答や、論理的には意味のないような含蓄のある言葉がある。
後者は「まあ、そういうものだ」とか。
一方で論理的にのみ突き詰めると現実との接地を離れて歪んだ妄想が生まれる。
狂った羅針盤を頼りに方向調整をしても狂った方向に行くだけ。
都度現実との接地を見直すべき。
さもなくば狂人となる。
真似ではなく本心からそうなっているのでまさしく狂人
逆も真なり
狂った経験からは狂った妄想が生まれるかもしれない。
そういう時には全く信じられなくても論理に基づいて一先ず論理に従っておく方が、より良い結論を得られるかもしれない。
下の下を見て泥沼の中で足蹴にし合うような議論なので不健全な形式かも。
というか、自分が持っていない側をもっと育てるべき
桶理論
論理無く経験に頼っているなら、論理を鍛えてより良い考えができるようになろう。
経験無く論理に頼っているなら、経験を鍛えてより良い考えができるようになろう。
アウフヘーベンやん