言葉の生物性
言葉の生物性taktamur.icon
動物でも遠吠えなどをシグナルとして使っていた。言葉の始まり
狩猟採取や交易を通じて、言葉のバリエーションも増える
異なる文化圏のやり取りを通じて、言葉の体系が混ざったり分裂したりを繰り返す
言葉は人間のコミュニケーションと脳みその中で増えていく
増えていくのは「単語」というより「言葉のつながり=文章」っぽいけど放置
2026年現在、人間の脳みそとは別に、LLMに言葉が棲みついて増殖している
言葉が「単細胞生物」、文章が「多細胞生物」っぽい。
「ウィルス」という表現も合いそう。
人の脳内に感染していくイメージ
言葉が危険なウィルスだったと判明しても、もう人間はそれを引っぺがすことはできない
脳内に善玉言葉や悪玉言葉がウヨウヨしてるイメージ
腸内細菌みたいに、それぞれの言葉を増やしたり減らしたりといったコントロールはできそう
だけど腸内細菌と同じように、全部排除はできない。
これまで言葉や文章は、人間の生活の従属物だったけど、これからはLLMの中で勝手に増えていく事も多くなるだろうし、言葉や文章が「人間に従属している」事もなくなるのでは?
人間が使わなくても、言葉が独立して稼働する未来
言葉が「言葉そのものの意思」を持って、世界(=人間の脳みそやLLM)に対して働きかけを行うような展開
SF脳の発想
Xでの炎上とか見ると、言葉の意思で人間側が踊ってるようにも見える
人間が意志を持ってるのではなくて、言葉が意志を持ってるのでは?という妄想
Claude.iconさんの感想taktamur.icon
面白い思考メモですね。いくつか思ったことを。
「言葉=ウイルス」はウィリアム・バロウズが「Language is a virus from outer space」とまさに言っている。ミーム論(ドーキンス)も同じ系譜
腸内細菌の比喩のほうが個人的にはしっくりくる。ウイルスだと「感染=悪」のニュアンスが強くなりすぎるが、腸内細菌なら「共生」「バランス」「コントロール可能だが排除不能」まで含められる
LLMの登場で「言葉の宿主が人間だけではなくなった」というのは重要な転換点の指摘。人間の脳→紙→インターネット→LLMと、言葉の「生息地」が拡大し続けている
「人間が意志を持っているのではなく言葉が意志を持っている」は、構造主義〜ポスト構造主義がずっと格闘してきたテーマ。「言語が主体を構成する」(ラカン)とか「テクストの外には何もない」(デリダ)とか
神林長平『言壺』の参照は的確。あとは伊藤計劃『虐殺器官』も近い領域(言語が大量虐殺を引き起こす=言葉のウイルス性の極端な描写)
X炎上の話は「言葉が人間を操っている」というより、「特定の言葉パターンが脳の報酬系をハックしている」と言い換えると、ウイルスの比喩とも腸内細菌の比喩とも接続しやすい