種まきをして、一部が芽を出した
nishio.icon
この時に「芽の出たものに注力して大きく育てる」と「さらに種をまく」の二通りの行動がある
ものによっては間引く必要が()yosider.icon +1nishio.icon
sta.iconさんの造語について考えていた
たくさん造語した(=種をまいた)なかに、少し面白いもの(=芽が出たもの)がある +1wogikaze.iconyosider.icon
その結果として「大量の種と小さな芽がある」という感じになり、あんまり価値の密度が高く感じられない 密度を上げるために芝刈りしなきゃ(芝生管理的発想)Hiro Aki.icon 育てたらいいのに〜と思っている
「自分はたくさんの種をまくことができる!」というところを強みと感じている感がある 育て方がわからないのでこっちで食べたい気持ち。。。sta.icon
わかれば興味は持てる気がする
ちなみに論文書いて採択や製品つくって検証は難しい(向いてない&興味ない)、別のやり方を探している
次の問いは「育てる」とは何か?だなnishio.icon
AIから口うるさく言われてる。すぐ使えるレベルの資産(テンプレとか)つくることと、それを身近な誰かに使わせてフィードバックもらうことsta.icon
(よいたとえなのかわからないが、)過去1年は一度人の船に乗ってみることで、自分が持ってる種がさらに伸ばせる場所が見つかった感覚があるblu3mo.icon
自分のまわりで種を育てられる場所が見つからないなら、移動するしかないblu3mo.icon
自分ひとりで移動するよりは、船に乗って移動したほうが遠くに行けるblu3mo.icon
「人の船に乗ってみる」という表現を別の角度から受け止めると、芽を育てることって100%が自分のエフォートによってなされることではなくて、周りの状況とうまく噛み合うことによって発生したりするよねnishio.icon blu3mo.iconには1人で芽を育てる能力はあんまりなさそうなので、体感90%が他人のエフォートな気がするblu3mo.icon
誰かが芽に水をあげ続けないといけないが、blu3mo.iconのような多動な人間は同じ芽に10年向き合うことができなさそうblu3mo.icon 僕も同じく「同じ芽に10年向き合うことは出来なさそう」と感じているが、10年振り返ってみると「同じ芽」ではない気がしているnishio.icon
「知的生産性の向上」に興味がある的なことを著者紹介には書いてるけど、最初からそういう抽象的なテーマを掲げてたわけではなく、色々やったものに後からまとめると知的生産性の向上だな、となった感じ
植物のメタファーを発展させると、芽が成長することは芽単体で行われるのではなく、大地に根を伸ばしたり雨が降ったり日が照ったりすることが必要