相手の論理構造のおかしさを指摘する際に、そのおかしな論理構造を利用して強烈な例を作ると、大変なことになる
from 2026/05/01
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相手の論理構造のおかしさを指摘する際に、そのおかしな論理構造を利用して強烈な例を作ると、大変なことになる事に気づいた。
まず、人間が患う精神的な症状として「被害」を感じ取るというものがある。あまりにも強固で否定しがたいものになると妄想がついて被害妄想になる。
この状態では自らの身を守るために、なにふり構っていられなくなる。
よって、そのような状態に陥っている人は、論理構造のおかしさなど気にせず(気にする余裕もなく)、Wikipedia に詭弁として並んでいるような論法をおそらく無意識に取ってしまう。(リストアップされるくらいだから使い古された論法で、おそらく知らなくても自然に出てきてしまうものと思われる)
一方で、相手の論理構造のおかしさを指摘する際に、強烈な例を作る人が居たとして、その人と、先程の詭弁で防衛している人が出会うと、次のような事態が発生する。
詭弁で防衛するしか無くなるほどに疲弊狼狽して衰弱している状態で、自らが放った理不尽な詭弁に強烈な例を当てはめて超攻撃的な例として返ってくる。それに対して激しい反応が出てしまい、更に詭弁で応酬する。最早理性が働く余裕はなく、詭弁に詭弁を重ねるしか無くなる。相手はその詭弁に鋭い例を当てはめて返してくる。
自分が無意識に撃ちまくる弾丸が全て倍速で跳ね返ってくるようなもの。
あるいは、詭弁は無敵の論法、すなわち論理の世界の核兵器のようなものだと考えれば、もはや論理核戦争である。
この思考実験フィールドには神経が衰弱した人間と、論理の不健全さに気付いて返す人間が居る。前者は、神経が衰弱した状態であるがゆえに、行える行動は少ない。ましてや反撃されないようにマトモに整えた言葉を作成するなど不可能に近い。行動を改める事ができるのは後者だ。
というわけで、後者の行動に当たる相手の論理構造のおかしさを指摘する際に、そのおかしな論理構造を利用して強烈な例を作るのはダメ。