盤面哲学と対話
盤面哲学
詰将棋
定石
ドミニオンの銀貨論の基礎になってる金量とか
交通ルールとかもそうだ
横断歩道だから渡らせてくれるだろうとか、直進優先だから右折せず待つだろうとか
逆に例外として、このタイミングだとその限りではないかもしれないとか
共有できてると対話が成立する
min-max法で相手の打つ手が予測できたりとか
どこがプレミだったか、感想戦なら誰に聞いてもだいたいわかるとか
盤面哲学がわかると会話がスムーズだし、有益な議論もしやすいし、もっと普遍の盤面哲学欲しいtsuzumik.icon
と思ったが、例えば人生となるとルールが不確定・多様すぎる
勝ち負けの基準が統一されてないyosider.icon
むしろ共有できなくて当たり前なのかもしれない
対話は不確実だから面白い
ボードゲームの通じ合ってる感じの楽しさと、現実の対話の何でもありなところは別の体験なのだろうか
何でもありだから包含関係か
ということはボードゲームはグルーミングなのかも...?
やりこんだゲームはグルーミング
未知のゲームは開拓競争
価値観が近い人とは通じ合いやすそうyosider.icon
コミュニティの盤面哲学が自分のもってるものと近いと過ごしやすい
井戸端の盤面哲学の中には知識をひけらかすことは善である、情報のフィルターは受け手の責任が含まれてると思ってる
ダシにするのも善
内言の近い人、遠い人
棋は対話なり