本日の狂言 2026-04-20 terang
何だこれ。
このようなページの建て付けによってなんとなく無意識に指が動いた言葉
メディアはメッセージ
まねっ子どうぶつ である
ビスケット美味しいね。
オイコスにおいてはAnimal Laborans
Magic Circleなき遊びへの誘いは、正直恐ろしい
贅沢に空行をあけるぜっ
馬が落馬みたいになっちゃった
https://gyazo.com/51e10d255a585205bee1a80463d5e923
ここより上が書かれている時点での内容
ほとんど「意味」が記載されていない笑
同じ位の文字数でそれっぽいことを書く
ほうら割り込みづらくなったろうわっはっはー
レイアウトによるナッジ
井戸端でしょうもないページを作る部.icon
ツッコミ自由.icon
タイトルに「狂言」って書いとくと後からなんとでも言える余地を作るのが、面白いもといちょっとズルいな。
今日はいわゆるアスペクト概念の話
兎がアヒルに見えて、あるいはその逆の時の「驚き」
https://gyazo.com/4156fca142103c006ff6585b0b254be3
記号接地、AIは間接接地に対して人間は直接接地もする 直接接地の前提条件として、生活において身をもって体験する。そして何かの契機にアスペクトに気づく。
駄洒落、ジョーク、皮肉、「かわいがり」etc.
そのことに気づくとある種のゾワっとしたようなニヒルなブラックな笑いがあるなど。
詩などにおいて「ああ、ここは二重の意味なんだ」と理解した途端、すごく深い理解になったりする
指南役 古田徹也先生「それが取り巻く文脈や環境が変わると、同じ出来事も意味が変わってくる。ポイントは「変わる様」にある。その瞬間を、(AIと違って)我々は楽しむ。むしろそれを求めるところがある。人間にとってそういう体験が、本質的な意味を持っている。あるものを別のものに見立てる。そういうことを我々はよくする。例えばデュシャンの便器に「泉」と名付けるなど。人間というのは(予測通りに進行することも求めているのだけど、)何かを驚きとともに面白いこととして体験していることを求めている。常に効率とか生産的なことだけを求めているわけではない。一つの基準、一つのものの見方から離れて、新しいものの見方を体験する、驚く、面白みを見出す。ここに人間ならではの深い内実があるのではないか。」 hr.icon