悪意を前提とした説明を問題視している
from 2026/06/18
悪意を前提とした説明を問題視している
Summer498.icon
常に正しい側に立ちたい人の最後の方に「悪意ベースで動く人間が一定数いる」と書かれていて、自分が元々持っていた問題意識とリンクした
悪意を前提に表現すると相手の考えを理解するのが難しくなる
〇〇しようとする
〇〇という手口
みたいな何らかの目的があってやっているとか、何らかの悪意があってやっているという書き方だと、やっている側の認識とは大きく異なる書き方になるのではないか
本気でその通りの糸を持ってやっているというよりは、
言葉や意図にすらならない衝動的行動の組み合わせにより結果的にそうなったとか
特にそれによって生じる結果について考えていないとか
ある意味「悪意がある」よりも信じがたい(ゲンナリする)前提があるのではないか
悪意があると考えたくなる過程
$ P,Q,R\vdash Zでは$ Zの説明がつかない
流石にもう悪意が前提にあると認めざるを得ない(……と信じている)
→ 前提に悪意を追加する
$ (悪意がある),P,Q,R\vdash Z'
$ Z'の説明が悪意を前提としたものになる
そもそも$ P,Q,Rが前提ではなく自分では気づかなかった$ A,B,Cが前提なのかもしれない
$ A,B,C\vdash Z
流石にもう$ Xが前提にあると認めざるを得ない(……と信じている)から前提に$ Xを追加するというのはよくある推論かも
アブダクションに慎重さの度合いを加えたようなもの
積極的に$ Xが前提にあると仮定しに行くタイプのアブダクション
慎重に、前提として余計なものを追加しないようにするが流石に$ Xが前提としてあると認めざるを得ないと考えるタイプのアブダクション
悪意を仮定した推論をしないと生きていけなかった場合、そういう推論が行われるかもしれない。
そうしないと生きていけなかったという説明は度々見かける
「そうしないと生きていけなかった」というのは多分違っていて、単に悪意を仮定した推論をする回数が多くその思考回路が強化されただけなのではないか。
メンタル系の話の中の端々に織り込まれたストーリー性を脱色したものがあればいいなと度々思う
悪意が前提にあるとか
そうしないと生きていけなかったとか
こういう表現の脱色は生成AIが得意そうhoagecko.icon
怒りまくっている・どこか狂っていること以外は面白いホームページとか「LLMに食わせて脱色できんかな」とhoagecko.iconは前々から思っていた
Summer498.iconさんの説明をほぼほぼ読んでない (計算式が読めない) けどいっちょ嚙みコメントhoagecko.icon
hoagecko.iconは純粋な悪意由来の害というのは殆ど存在しないと思っている
絶対的に悪だと認識した上での悪行はないということ
大抵それを優先する何かがある
大抵の場合損得の勘定をするような、善悪の勘定が行われている
偶に目を疑うほど酷いガバナンスの事件が起こる
あのような組織的なガバナンスの誤りと個人の善悪の間違いは似ている
多分同じ機序で起きてる
悪意は無理な正当化と表裏一体
大抵の悪意はどれだけ無理があっても悪意の行為者の内で正当化が行われる
悪意と端的に表現するよりも「正当化の内容」あたりまで掘り下げるべきではないか
次項で書いた社会との関係も入れてこれを再考してみる
悪意は、社会の絶対的ルールよりも個人のルールを優先している?
つまり社会よりも個人が一方的に優先される思想が悪意
そもそも何が「悪い」かは社会によって決まる
障害が社会によって決まるように、悪意は社会が決める
政治犯 (思想犯) という存在がこれの実に分かりやすい例になる
体制=社会の管理者によって政治犯の扱いは全く違う
つまり、悪意の証明は社会というものの思想を完全に説明しないといけないのでは
ちょっと屁理屈ぽいか