悩んだら生きるに切り替えてから考える
(のりしろ)
他人の内面は見えないが、自分なら自死が選択肢に浮かんだ時点で疲れてると判断して休むinajob.icon
悩んだら生きるに切り替えてから考える、のあれかなqwerty1234.icon
これかな?Hiro Aki.icon
https://scrapbox.io/files/6790ee04f2b0ab9e715e00a1.webp
これ、あんまりわからないyosider.icontakker.iconGattxxa.icon
説明なく流れで押してるだけだね基素.icon
両さんエネルギッシュだからわかんないんでしょうMijikko.icon
とりあえず生きてみたら案外なんとかなるなと気づけたので今は賛同できるが、なんとかなった経験がないとピンと来ないのでこれで説得するのは分が悪いように思うつばくろ.icon 個人的にはこの「生きるモード」に切り替えられない時点でメンタル的に何かおかしいinajob.icon 制御の原理原則を連想した。不具合が発生した時に機械の動作停止方向に切り替えられない時点で何かがおかしい、という感じHiro Aki.icon 配線の断線or短絡は想定して当然の現象、配線に問題が発生したときに動作ONの方向になるのかOFFになるのか、ちゃんと見ておかないと大問題になるけど、前任者があんまり考えていなかったということを思い出した
もう少し別の表現もしてみたいinajob.icon
普段の自分だと考え事は楽観的な方向に向かうが、これが悲観的な方向にしか向かわない状態があり、その状態は異常と思っている
この頭の中の動きが自分固有のもの、とまでは思わないけど人によっていろいろあるんだなと周りを観測していて思う
死ぬべきかを考えても問題解決には寄与しないので思考から除外すべしということ?yosider.icon
悩んでいるならモチベーションはあるはず?
悩んでいる対象だけを問題とするなら死は解決につながらないが、
苦しみを感じていること自体を問題に含めると、自死によりそれから逃れることも解決策になり得る
確かに、精神的・体力的な余力がないというのはそうなんだろうなyosider.icon
余力があるなら生きる理由に納得できていなくても生きることのコストを払える
切り替えるのが難しいからこそ、切り替えるのが難しい状態になってしまわないように日頃からストイックに健康的に生きる方向にしてるsta.icon
諦観もあるかもしれない
ある程度は諦める
たとえば結婚や子どもを諦めて一人でいることを選べば、それらに伴う本質的な忙しさとは無縁になる
正当化も使える
「俺は安易に結婚や子どもを選ぶ連中とは違う」「俺こそが理性的な人間である」みたいな
まあ外には出さない方がいいかな(上記はわかりやすさ優先の例です)sta.icon
ただすでに井戸端でも指摘があったように「いざ難しい状態になってしまうと」とても脆い……
んで人生だし、人間なので保ち続けられるものでもなくて、なってしまうことはある……