建設的と攻撃的が連続になってるんじゃないか
ポストした内容が知見としてココに残して置くのも良さそうな内容だったのでコピペして残しておくSummer498.icon
人によって線引するラインが違ってて、相手がが「もうダメそれ以上は攻撃よ」って言ってるのを見て「これは攻撃じゃないはずなんだが?」「まてまて!お前は議論から逃げた!不誠実な!」って言ってしまう人がいるのかもしれない
もしかしたら人によってラインが違ってて、言い過ぎな人は私よりも建設的な議論の領域が広くて、著者は(私から見て過剰反応に見える事があるので)狭いのかもしれない
人によって違うものは相対的にしか表現できず、基準点となるものを用意しなければならない
自分が感じたことを率直に書き出すのが一番早いので、その場合基準点として「私」を取り敢えず置くことになる
@GooglePlusOreSummer498.icon: 例えば批判した人をブロックする姿勢を咎めるツイートは、出版物の信頼性を担保する姿勢を問うているものであり、私から見たら真っ当なものに見える しかし、人によっては「そこまで言わなくても」と思うこともありうる
@GooglePlusOreSummer498.icon: 信頼性担保への誠実さが無いというツイートも見られるが、これも私から見たら真っ当なものに見える しかし、「誠実ではない」という字面が一見人格攻撃にも見えるのでコレが攻撃に見える気持ちもまたわかる
@GooglePlusOreSummer498.icon: この場合、長々説明する内容を「誠実」という言葉に圧縮しているだけであり、その意味を展開するために誠実さについて質問するのが「建設的な議論」のように思う この場合の誠実とは何であり何のためにそれを求められているのか。その解像度を上げるための質問をすると誠実さを学び取れたりするだろう
@GooglePlusOreSummer498.icon: 他山の石として考えると、私が非難や攻撃とも取れることを言われたときにも、単に相手の言葉の真意を理解しきれていないだけだという仮説をまず立てておくほうが良い @GooglePlusOreSummer498.icon: どう考えても悪口の場合も、何が圧縮されているのかを展開すると真意が理解できるかもしれない 例えば
無能→いつもミスってる所があるかも
役立たず→自分が作業の律速段階になってるかも
馬鹿→相手の言葉を理解しきれていないかも
クズ→人としてより良くなるために改善すべき点があるかも
キモい
→ダサい→ファッションに改善余地あるかも
→クサい→体臭の原因があるかも
頭おかしい/非常識→未知の常識があるかも
迷惑/我儘/自己中→相手に負担かけてるかも
幼稚/稚拙→洗練の余地あるかも
見苦しい→容姿/行動に改善点あるかも
浅はか→深く考える余地があるかも
わかるmoeki.icon
俺は一方的に攻撃的な非難として受け取ってしまってる場面が多い気がしてる 言い方の問題は大いにあるmoeki.icon