共同日記を書く時に、わざと概念を雑に扱っているかもしれない
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厳密に書こうとすると思考の流れが止まってしまうため 思考の流れを止めず、いま自分の中にある感覚をとりあえず取り出すために書いている、というところがある だから、後から読み返すと、「何言ってんだこいつ……?」となったりする
しかし、厳密性はないけど、まあ言っていることはわかるし、いまあらためて厳密に言い直すならこうだろう、みたいな思考も生まれる 雑に扱うとそれはそれで自分の思考の癖を見つけられたりして良いかもSummer498.icon わかるatohs.icon
たとえば僕は「能力」という言葉をよく使うのですが、人と話している時に「能力」に対するイメージが異なることに最近気づきはじめました 人によっては、「才能」とか「能力」とか「センス」をほぼ同じものとして取り扱っている場合がある ちなみに
(と、僕は思っている)
この使い分け、無能な働き者の話をする時に大切かもしれないと思っている 観察や経験を経て、自分が有能に働ける可能性が出てくる 何がどうなれば有能かが分かればこちらのもので、あとは有能な怠け者として振る舞うこともできる あるいは、これまで習得してきた有能性に関連するものであれば、有能になりやすい あるいは、何かで培ったアナロジーがぴったりとハマった瞬間に、突然有能になることもありえる