共同日記を書く時に、わざと概念を雑に扱っているかもしれない
from 2026/05/03
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共同日記を書く時に、わざと概念を雑に扱っているかもしれない
厳密に書こうとすると思考の流れが止まってしまうため
思考の流れを止めず、いま自分の中にある感覚をとりあえず取り出すために書いている、というところがある
だから、後から読み返すと、「何言ってんだこいつ……?」となったりする
しかし、厳密性はないけど、まあ言っていることはわかるし、いまあらためて厳密に言い直すならこうだろう、みたいな思考も生まれる
雑に扱うとそれはそれで自分の思考の癖を見つけられたりして良いかもSummer498.icon
例えば、いつも特定の用語を言い間違えるとか
わかるatohs.icon
たとえば僕は「能力」という言葉をよく使うのですが、人と話している時に「能力」に対するイメージが異なることに最近気づきはじめました
人によっては、「才能」とか「能力」とか「センス」をほぼ同じものとして取り扱っている場合がある
ちなみに
「才能」は天性のものである
「能力」は今の状態である
「センス」は「能力」と近いかもしれない。直感的に何かを判断したり実行したりできる能力
(と、僕は思っている)
この使い分け、無能な働き者の話をする時に大切かもしれないと思っている
人には、絶対に無能な領域がある
無能な領域を行使して働き者になろうとしてはいけない
観察や経験を経て、自分が有能に働ける可能性が出てくる
可能性がある時は、その有能が実効的なものかどうか小さく試してみる
どうやら実効的であるとわかったら、その有能を行使してどんどん働き者になっていく
何がどうなれば有能かが分かればこちらのもので、あとは有能な怠け者として振る舞うこともできる
無能な働き者の話が出てくると、人類は自分が無能なのではないかと恐れてしまうが、無能な領域があるのは当たり前だし、後天的に有能になれる可能性も残されているという
また、何に対して有能になるかは選べる
何に対して有能になりやすいか、ということもある
これは才能によるところも大きい
あるいは、これまで習得してきた有能性に関連するものであれば、有能になりやすい
RPGの転職システム的な
あるいは、何かで培ったアナロジーがぴったりとハマった瞬間に、突然有能になることもありえる
会社の中でお荷物だと思われてた人が、部署転換で環境が変わったらエースになったパターンとか思い出したtaktamur.icon