公開のほうが筆が乗る
乗るcFQ2f7LRuLYP.iconはるひ.iconinajob.iconイタロー.icon久住哲.icon
乗らないseibe.iconkutsumofu.iconyosider.icon
無相関takker.iconsume.iconSummer498.icon
比較対象にならないnishio.icon
場合によるsta.iconsuto3.icon
乗らない
seibe.icon
見られていること(たとえそうでなくても)、他人に伝わるように書かないと、という気負い?があり、書くのが遅くなる
一方、モチベーションは高い。すごく考えていると感じる
これがあるから、気負いがあっても、楽しくはある
いい話だcFQ2f7LRuLYP.iconnishio.icontakker.icon
kutsumofu.icon
公開されていると適当な事書けないな…と思ってしまう
でも非公開で適当に書いてそのまま公開しているけど…
sta.iconという前例があるので気にしてないtakker.icon
scrapboxの公開projectに直接書く場合、書きかけで止める事がし辛くなるから新たな行を書き始めるハードルが高くなってしまう
書きかけで止めるとき、TODOとか(Work in progress)とか書いてるnishio.icon
わかるyosider.icon
あえて止めることで止めやすい雰囲気をつくるとかしたいかも
yosider.icon
起きそうなこと
社会的に問題ない表現かを配慮するプロセスが挟まる
筆の勢いが落ちる
読む人の視点で眺めることでわかりやすい表現になる
が時間はかかる
筆が乗るの定義がよくわからないが、勢いよく書ける的なイメージがあるので「乗らない」かな
乗る
cFQ2f7LRuLYP.icon
一人きりの非公開だとほとんど書けない
書く気が起きない。実物の日記や手帳でも全く続けられなかった(実物の手帳は他の要素も影響してそう)
誰かがいればやる気が出てくる
個人の公開プロジェクトはのびのび書けている
他人を招いたらより書きたさが増した
とはいえ実際に誰かが見ているかどうかはあまり問題ではなさそう
Date last visitedも閲覧数も総ページ数も普段見ない
見ることのできる人がいるという状況がモチベをあげている感じ
公開個人プロジェクトの読者は己自身を想定している
なので最悪自分にわかればいいやというスタンスで書いている、日報とか
あとから見てまるでわからんケースもある
nishio.icon
「乗る」の側に一応アイコンを置いたが、そもそも別のアクティビティなのでは感nishio.icon
「同じアクティビティXに2通りのシチュエーションA, Bがあって、Aの方がXが乗る」のではなくて
「そもそも異なるアクティビティXとYがある」な感じ
ここでは「X:公開プロジェクトで書く」、「Y:非公開プロジェクトで書く」?cFQ2f7LRuLYP.icon
いや、ちゃうねんnishio.icon
「書く」という言葉で同一視するのが不適当な感じがする
Xの方は「書く」でもいいかもしれないのだけど、Yの方が特殊
事前に「公開できない理由」が存在しているタイプのアクティビティ
Xの「書く」がそもそも多様なものを含んでて曖昧なのか
そして個人的にはXをやる頻度の方が高い
これは外的要因によって決まる
対外的公開可能な仕事の割合が多い、というだけ
公開できない仕事の時はもちろん非公開のところに書いている
整理
「公開してはいけない明確な理由があるもの」以外は公開の場に置いている
なので「公開で書くこと非公開で書くののどっちにする?」という思考が自分の中ではあんまり発生しない
だいたい他人が決めてる
なるほどですsta.iconcFQ2f7LRuLYP.icon
同じ条件のものを公開と非公開で比較したことがないので「どちらが乗るか?」という問いに回答がない
やってることが違うので比較対象にならない
投票を「乗る」から「比較対象にならない」に変更した
逆に一人のprivateプロジェクトでやってること
やっぱあんまり書くことがない
inajob.icon
他人でもわかるように書こうという圧が良い
自分しか見ないとわかっていると、走り書きみたいなのになってしまう
結局数カ月後の自分は他人なので、理解できないメモになるわけですが・・
ありますねはるひ.icon*2
自分しか見ないとわかっているけど普通に丁寧に(というほどではないのかもしれないが)書いてしまうyosider.icon
どういう違いによるんだろう
Scrapboxは第二の脳というメンタルモデルにより、考えたことを全部書こうとするので丁寧になるとか?
takker.icon
今までの人生で、公開可否判断が困難な事柄に出会ったことがないので、特に悩みを抱えたことがない
はるひ.icon
よくわからない。ブログみたいに公開しないから筆が乗ることもあるし、公開するから筆が乗ることもある
ちなみに上のような言葉は思ったとて非公開プロジェクトに書くことはなさそう
外に出す事を考えてしまうとどうしても文章が固くなりがちになってしまい、非公開の方が思考にゆとりを持って書くことが出来てる...かも?
sta.icon
場合によるかなぁ
基本的に承認欲求の権化+露出性癖+気持ち悪がられたい性癖があるので、公開の方が良い
テンションが上がってブーストする感じもある
ひとりで語尾をちょっとキモくして「これはウケる」と一人で笑ったりする、その愉快さが頭をさらに動かす
しかし公開していると「見られていることの負荷」が必ずある
少しはある
/staを書いているような僕でさえも(特に蓄積されてくると)無視できない
この負荷も廃して集中したいときはprivateな方で行う
nishio.iconさんのはちょっと興味深いと思った
公開しちゃいけないものは非公開のとこで書く、はもちろんそうだが、これをどう解釈するか
nishio.iconさんは「外部要因によって決まる」「他人が決まる」といった言い方をしている
逆に僕は「俺が決める」という認識でいた
もちろん外部要因などは考慮するが、それでも最終的に決めるのは俺なのだという意識があるのだなと気づいた
その差が/nishioと/staの差だったりするのだろうか、とか考えたりした
「何を書くか」が違うのかもしれない
僕は何でも書いてるし、ネットニュースへの物申しやVTuberへの愛なども書いてしまう
nishio.iconさんは仕事ネタが中心?
技術的な備忘録に特化した人もいるだろう(miyamonz.iconさんとか思い浮かべる)
イタロー.icon
乗るというか、字数は多くなる
人を意識して説明調になる
逆に非公開だと短く(他人には)意味不明なメモでもいける
kidooom.icon
nishio.iconさんが書いた内容に同意
suto3.icon
原則として公開
公開できないような黒い内容は非公開に書いている
書かないなら書かないでメンタルがやられる
毒抜き、トゲ抜きをして公開に持ってくることもある
毒のある発言をChatGPTに愚痴ってからまろやかにしてもらって公開したnishio.icon
公開スクボに書きながら毒抜きをすることがあるsta.icon
なので偶然アクセスしてた人は毒抜き前の文章を目にすることがあるかもしれない
上手く抜けないときはページごと消す