他者の自由の制限を正当化できる原則
from 2025/06/06
terang.icon
カール・ロジャーズのPCAも他者の行動が変わることを期待できる。
ただし、エンジニアリングできない経験的なもの。
コロナ禍入ってすぐに、京大が人文学からパンデミックを考える講義シリーズをやっていて、そこで
どのような状況なら他者の自由を制限することを正当化できるのか?の原則を紹介していて印象に残っている。曰く、代表的なものは、
ミルの他者危害原理(愚行権)
なおミルが言うのは身体的な危害で、精神的な危害を含めるかは難しいところなので注意
パターナリズム
全体の利益を目指した介入
全体主義の気配を感じてナイーブにみとめることに違和感がある基素.icon
ナイーブにみとめるというのはどんな感じのことだったかしら?(書いてくださったことの意味をちょっと自分がつかみ損ねた気がしたので確認でした)terang.icon
講義では、村全体の虫歯予防のために水道水にフッ素を入れる説明会を開いたら、あるお爺ちゃんが「自分にとってなんの利益があるの?」と質問した。彼は総入れ歯だったので。というケースが紹介されていました。
ケネディ・ジュニアが止めたやつだ基素.icon
2025年3月12日 米ユタ州が水道水のフッ素添加禁止へ、全米初 政権の反対方針受け | ロイター
「全体の利益のために個人の自由を制限してもいいという論法をそのまま単純に受け入れると、全体主義になってしまう」、という程度の意味でした基素.icon
ありがとうございます!了解です!terang.icon
あと(質疑応答でこの3つ以外に何があるの?と出て)リーガルモラリズムが挙げられていた
じゃあ外出制限は何によって正当化できる?飲食店の営業は?ダイヤモンドプリセンス号の下船制限は?とケースごと、直感的に正当化できそうと思われる原則が変わるのが、なるほどなあという感じで。
コロナ禍のような特殊な状況でなくとも、あるいは公的機関と個人の関係でなくとも、プライベートな場面で相似的に考えるための道具立てにはなりそうな気はしている。
講義の内容は、【オンライン公開講義】“立ち止まって、考える” – 連続講義(3)倫理学 | 京都大学 人社未来形発信ユニット