井戸端アナーキズム秩序説
from 2026/05/25
Summer498.icon
ここってアナーキズムの運用になってる説ある
何かあったら当事者等がワーッとやることでそのうち解決するという秩序がある
これを見て「やばい、秩序がない」と思って秩序をもたらそうとする人も居る
実際 admin が懸念を表明することや、構成員が admin に「そろそろ動く時じゃないか」と懸念を表明することはあれども、実際に何か強権が執行されたことはないと思う。
少なくとも自分の参加後は見たこと無いSummer498.icon
一度もないtakker.icon
ナイス承認Summer498.icon
何か書いた結果数人が厳しい質問や反対表明をぶつけまくって結果的に尋問会になるのを良しとする気配は感じる。
参加者の認知ではリンチじゃないんだけど認知DDOSになってるやつ。
suto3.iconさんに対して結果的にこれになってしまったのは申し訳なかったcaki.icon
井戸端ではリアルタイムな返答を強制されないので、ツリーに対しての返信は書いてもいいし書かなくてもいいというのがcaki.iconのスタンスだが、suto3.iconさんは書きたい派の方だった
リアルタイムに書かなくてもいいや、という派の人に対してこれが発生するぶんには大丈夫だろう、という気がする
なんらかの書き込みがあり、そのなんらかの書き込みに引っ張られる形で複数の記載が発生するのは自然な形なので、そのような記載をやめようよ、ということにはできなさそう
また、リアルタイムで返信したい、という人がいて、その性質に対しそれをやめなさいというのは変な話
だからこそ、これに基づく秩序があるのではないかという風に考えてるSummer498.icon
ここをやめようとしなくていいし、それを止めなさいと言われないタイプの秩序
それがアナーキズム
あのときcaki.iconができた可能性があるのは、認知DDOSになっていることに気付いて身を引くことだが、自分は好奇心で夢中になっちゃうことがあり、そうなってしまっていて、それは反省
しかし、再発を防ぐ、となるとこれは自由意志を担保したままシステムで改善するのが難しそう、と思いまだ解法を思いつけない
解法を思いつかない問題については抱えて生きていっていつかほかのものと混ぜ合わせて物語にしたりすることで納得するやりかたをとっている
あれね。Summer498.icon
後から「ちょっとあれは不味かったかな」という反省会が開かれなかったのを見て、多分アレ尋問会をダメとする雰囲気が無さそうと思ってる
反省会が開かれるとダメとする雰囲気が発生しそうだが、ダメとする雰囲気が発生するとき、その周辺のいろんなものも合わせてダメとする雰囲気になってしまうことが多く、また変な方向に行くことも多いのと、解法を思いつかないものだったので、あいまいにしておいたほうがいいんだろうと思っていたcaki.icon
そう言えば、別の話で過去に反省会が開かれた結果却って意味不明な秩序(?)が形成されかけたことがあったSummer498.icon
なので、反省会を開くこと自体に反対気味の考えを持っていたのを思い出した。
それなのに反省会が開かれたか否かをバロメータにして考えるのは何か矛盾に近い物を感じる
アンビバレント(?)
これ以上や止めとけとと止めようとしていたのが私*だったのが余計になんかその印象を深めている
私* ...元々氏の考えに反対していて、その過程で暴言を吐かれているので、状況や心情からすると寧ろ流れに乗って嬉々として殴り論理殴りに行ってもおかしくないような立場の人
アナーキズムの秩序は参加者全員が主体的に振る舞った結果として生じる非計画的・偶発的・創発的・民主主義的な暴力によって成り立っていると自分は思っている。
文字通りバイオレンスな表現だけど、この部分はアナーキズムへの一般論
アナーキズムに詳しくなったら加筆修正あるかも
認知DDOSはこの暴力の役割を果たしうるのではなかろうかと考えている。
バイオレンスな表現だけど、これは代入
ここまで激しいことにはならなくても、問題行動に対してお気持ち表明が数件立つことで、それ以上大事にならないうちに行為者が引っ込めるみたいなやり取りはありそう。
例えば、日記をいっぱい切り出す度に「ダメとは言わんけどちょっと」という反応が毎回寄せられるのでやんわりとやる気が無くなって引っ込んだSummer498.icon
これは別に何か考えた結果止めたというよりは、「ちょっと」と言われながらも大量の作業をするようなタフネスが無いからやらないという感じ
過程はどうあれ結果的には「ちょっと」と思う人にとっては「止めてくれた」と同じになる。
こういう感じで各々が自然に振る舞うことで結果的に何か秩序めいたものが働く事があるように思う。
何でも書いてもいいということは、書き込まれた X に対して反対表明や質問をぶつけてもいいということだ
これが結果的に X を書き込む 1 人に対して n 人が反対や質問をすることで、構成員各々がやんわりと思っているダメの共通要素的な書き込みをする負荷を上げている
なお、これを物ともしない人にはこれは効かない
その人が新世界秩序をもたらすことがあるかもしれない
言わんとこと思ってることが、似たような意見を見たときに仲間いるから表明しとこってなることがonuma.iconにはあるonuma.icon
人間割とみんなそうSummer498.icon
反対する立場を見たときになにも言わないのが解決法?それもなーonuma.icon
そもそもこれを解決すべき課題とみなすかという問題もSummer498.icon
私の書き方がセンシティブなだけで、私個人的には寧ろ(ここで私が言っているような)アナーキズムに対して肯定的に捉えてたりする。
それはそうonuma.icon
当事者の片方が井戸端を去るケースをなんとも出来てないのが気になってるinajob.iconcaki.icon
まぁ合わない人はいるので仕方ないのだが、、
大体複数名がその人と合わない考えを表明してその人が去る気がするSummer498.icon
片方が去ってると反省会みたいなのも難しい気がするinajob.icon
欠席裁判みたいな
井戸端の中にサブコミュニティがあれば、共存できたりして?onuma.icon
村を分けるみたいな考えをどっかに書いた気がするSummer498.icon
井戸端の衛星的なプロジェクトとかかなinajob.icon
人間に対する認知負荷DDOSinajob.icon
ヒヤヒヤで何かを表明するのはできそうinajob.iconcaki.icon