井戸端のページ数を見た時の「めでたさ」に関する考察
from 2022/08/05
hatori.icon
しばらく見ないうちに井戸端が10000ページを突破していた
めでたい!いいね!...と書きつつ、hatori.iconがそのように感じる理由はよく分からないな
自分の参加しているコミュニティの健やかな成長がめでたい?
特にページ数の増加に(微力ながら)貢献していることを暗に誇っているとか
cf. わしが育てた (わしがそだてた)とは【ピクシブ百科事典】
「わしが育てた」には揶揄の意味合いもあるかな
10000ページ超えのブロジェクトの運用の経験とノウハウが手に入るわけです suto3.icon
これで、安心してScrapboxのページが作れますね!
逆に言うと、そこに属している/関係があると感じられないものには興味関心が持てないということだな
今の「めでたい!」という感情は一種の郷土愛・愛国心のようなものだろうか?
コミュニティに対する愛着は強制されて持つ(持てる)ものでもないし「何がめでたい」「別に興味ない」と感じること自体は非難されるようなことではないはず
よく「愛社精神」等が議論になりますが
それとも「数字や規模がデカいと何かいい感じに面白い」「派手なものを見るとテンションがあがる」といった原始的な感情に近い?
5000兆円欲しい!やクソデカ羅生門に対する「おっ景気いいね~!」といった感じ