ピカソ理論
ピカソが市場を歩いていると、ある婦人が呼び止めた。彼女はピカソの大ファンで、絵を描いて欲しいという。 快諾したピカソは、さらさらと絵を描き上げた。婦人は喜び、いくらなら絵を譲ってもらえるか尋ねた。ピカソはこう言った。
「このスケッチは100万ドルです」
婦人は驚き、高すぎると言った。たった30秒で描いた絵が、どうして100万ドルもするのか尋ねた。するとピカソはこう答えた。
「いいえ、30秒ではありません。私は、これまでに30年もの研鑽を積んできました。だから、この絵を描くのにかかった時間は、30年と30秒なのです」
しっているということ
しかし、ピカソの絵の値段は労働価値説では説明ができないんだよな、確か suto3.icon これらは、絵や音楽に限らず、何かを創造する人には必ずついて回る話だろう。
プロフェッショナルが楽々とこなす仕事は、そこに至るまでの勉強と経験の積み重ねの上に成り立っているのであり、目に見えているその場限りのものではない。この、「退職したエンジニア」のエピソードが象徴的だ。 ある優秀なエンジニアがいた。給料で折り合いがつかず、会社を辞めてフリーランスになった。
数年後、もといた会社から依頼がきた。数億ドルする機械が動かなくなったという。いろいろと手を尽くしたものの修復できず、彼に頼ってきたのだ。
彼は丸1日かけて機械を調べあげた後、ある部品にチョークで✕印を付け、そこを交換せよと指示した。その部品を交換すると、機械は正常に動作するようになった。
後日、彼は5万ドルを請求した。
会社は高すぎるとクレームをつけ、たかがチョークに5万ドルはおかしいと、料金明細を要求した。
彼が提示した明細は、次の通り。
チョーク代 1ドル
どこに✕印するか知っていること 49,999ドル
料金は全額支払われたという(※2)。