ノラや
「ノラや」は内田百閒(内田百間)による随筆である。
内田百閒 - Wikipedia
ノラや -内田百閒 著|文庫|中央公論新社
ある日行方知れずになった野良猫の子ノラと居つきながらも病死したクルツ。二匹の愛猫にまつわる愛情と機知とに満ちた連作14篇。〈解説〉平山三郎
筑摩書房 内田百(けん)集成 9ノラや ─ノラや / 内田 百閒 著
『猫は煙を気にする様である。消えて行く煙の行方をノラは一心に見つめている。…「こら、ノラ、猫の癖して何を思索するか」「ニャア」と返事をしてこっちを向いた。ノラはこの頃返事をする。』(「ノラや」より)。百(けん)宅に入りこみ、ふいに戻らなくなったノラ。愛猫の行方を案じ嘆き続ける「ノラや」を始めとして、猫の話ばかりを集めた二十二篇。
日々、なじんでいくものが重みを増し、生活になくてはならないものになっていく。百閒は一匹の野良猫の子が家の物置小屋の屋根からやってきて、老夫婦の静かな暮らしにとけこんでいくまでの過程を微細な観察を交えて書き記す。物置小屋に置いた蜜柑箱の寝床から、ノラを家の中で飼うようになった過程、呼べば振り向いて「ニャア」とこたえるノラのしぐさや、風呂の湯船の蓋の上で安心したように眠る姿、それを眺めるときのなんともいえない幸福感……。猫と人の間に流れているふくふくとした時間のあまやかさは、「ノラやノラや」といいながら体をさすってやる百閒の姿や「いい子だ、いい子だ、ノラちゃんは」と抱いて家中を歩く妻の姿にあますところなく現れている。
そのあまやかな時間がふいに断ちきられたとき、百閒は尋常ではなくなっていく。「ノラや」の面白さ、おかしさは、猫がいなくなったことで生活の根幹をすくわれていく人間の悲しみが、こっけいさと紙一重になっているところだろう。むきだしの悲しみ、恥も外聞も世間体もかなぐり捨てた百閒の落胆と悲嘆は、ともすれば希望へと傾き、あるときはまた絶望へと振り子のように行き来する。振り子は眠るときにも揺れ、ノラが帰ってきた夢をみさせたりする。
姿を消したノラを探す百閒の、知人、友人、編集者を巻き込んだ騒動の描写は圧巻だが、このとき、百閒は六十八歳、食事も喉を通らずろくに眠ることもできず、「ノラやノラや」とつぶやきながら瘦せ衰えた亡霊のようになっていく姿には鬼気迫るものがある。そのなりふり構わぬむきだしの感情が、読むものを揺さぶるのだ。
内田百閒集成9ノラや 解説 忘れえないものに捧げた挽歌 稲葉真弓 より抜粋
とてもとても好きな作品なのですがボロボロ泣いてしまうので外では読めないし、読み返すのも大変つらいですhatori.icon
#猫 #野良