ある性質によりもたらされる喜びと苦しみがある
from 2026/04/30
自分の中にある、ある性質によりもたらされる喜びと苦しみがある
たとえば、深くものごとを考える、みたいな性質によって知的好奇心を満たす喜びと、深く考えることにより見えてくる苦痛みたいなものがある
その苦痛に耐えられなくなったとき、その性質を持ち続けてその苦痛に対する耐性を獲得してもいいし、その性質を切り捨てて生きていっても良い
持ち続けるのが大変で、多くの人が切り捨てるような性質を持ち続けて熟成させることによって、見ることのできる新たな境地みたいなのがあるんじゃないか?と疑っているので、安易に大変なら捨てたほうがいいみたいに思えないのだ
というようなことを2026/04/27#69ef89ac000000000018048eを書いたあたりから考えていた
深く物事を考える哲学で果てまで行き切ったという実感を得た経験があると、果てまで行っても結局「無」があったと本気で言えるようになると思いますSummer498.icon
果てまで行ったと自分で言うのも変ですが、結局「無」だという実感を得るまで考えたことがあります。
そして結局「無」があるだけなので、そっちの方向への探索は止めます。
ただ、時すでに遅しで、他が疎かになり年齢と言動がチグハグになったりします。えーん。