「普通に考える」と「自分で考える」を等置する用例
from 2025/03/15
自分のメモを見返して、そこに貼られていたhttps://open.spotify.com/episode/63CWTae3a1bm5t72vdSO1cを聴き返した。
39:40あたりから塩野誠さんが「普通に考えたらこうだよねという普通をやってほしい」と話しているのだが、そこでは「普通に考える」が「自分で考える」と等置されていた。
これは「普通」という言葉自体に着目した場合には興味深い用例だと思った。
塩野誠さんは、学生と起業のリスクについて話したエピソードを語った。学生は「起業ってリスク高いですよね」と言い、塩野さんはそれに対して「じゃあ、リスクを言ってみてください」と返した。学生はいくつか自分がリスクだと思うこと(自己破産や次就職できなくなる)を述べるが、塩野さんはその言われたことがリスクではないことを示した。「ベンチャーキャピタルからの返さなくていいお金だったら自己破産しない」「起業経験を求めている大企業はいっぱいある」など。
このとき、「起業はリスクが高い」という想念が「普通に考える」の内容だとは見なされていない。むしろ、周りの(よく知りもしない)人が考えること……「偏見」と見なされている。
このエピソードは、「普通に考えればいい」という意見を補強するために述べられたものだ
「普通に考える」と対比されているのが「印象」と「周りの2、3人に聞いただけ」(40:38)
そのように「普通に考える」ためには、「ベンチャーキャピタル」や「企業が求める人材」についての知識が必要だろう
その後、「偏差値」「人気企業ランキング」「給与ランキング」を列挙し、これらを「本当は自分に関係がないもの」と特徴づけたうえで、こういうものではなく「自分の基準」で考えるのは難しい、という話をしている。
この話の前に話されているのは、ダイハツの不正
そこでは「オープンに考える」という言葉が出てきて、これは「間違えちゃいけない」「みんなで真面目にコツコツ不正」「会社を守るため」「昭和の慣習が今にもずっと続いてきた」といったことと対立した位置に置かれる。
注意したいのは、ここで紹介されているエピソードはそういう会話をしたというエピソードだということだ。
すなわち、起業に実際にリスクが無いという話ではない。そうではなく、会話をするなかで、最初は「起業ってリスク高い」と言っていた学生が、「言ってくとあまりリスクないんですね」と発話するに至ったというエピソードだ。そして、このエピソード自体は語られたものであり、学生はtaleworldの登場人物である
この「普通」の用例と/motoso/「普通」は自分が持つ偏見での「そうかもしれないが、私の周りの人間はみんなそう思ってると思う(から自分が正しい)」を対比させてみるとやや対照的で面白い。
一方では、〈周り〉に聞いただけの話にもとづいた考えることが、普通に考えることと対立させられている
一方では、〈周り〉の人間がみんなそう思っていると思うということを、「普通」という正当化の根拠として用いている。
「やや」という訳は、前者の「周り」と後者の「周り」が同じであることが確認されているのが、文字面だけだからだ。しかし、「周りの2、3人」と「周りの人間」は同じ概念だろう。
「普通」という言葉単位で考えず、「普通に考える」や「普通そんな人いない」というもう少し大きい単位で考えると、同じ普通でも構図が逆になることがある。少なくとも1件は(すなわち、直上で示した例だ。)