「あまりにも話が通じない」と自分に映る現象
暫定タイトル
あまはなはるひ.icon
草takker.icon
シャノン-ウィーバーモデルのノード各所に人間の主観や意思や判断が密輸入された結果のような何か
「記号を知覚する、解釈する、理解する、このように理解したと表明する(省略されがち)、それが行為遂行的発話なら行為を遂行するか検討する、検討の結果書いている最中でも切り出すという行為に至る」は別に奇異でもないというか。 そうなのかな?takker.icon
(前略)行為を遂行するか検討するから検討の結果書いている最中でも切り出すという行為に至るに大きなギャップがあるように感じた
どういうギャップを感じたかまでは言い表しにくいが
そうだなあ。検討の中で「いや、切り出したい(あるいはコメントしたい)」「反応の表明を我慢できない」「切り出したいと一瞬よぎったなら手をつけずにいられない」「自分はそれでも切り出したいという欲求が強い」などリクエストと自身とを比較する、その結果行為に至る。とか…terang.icon
実際は、(自分も含めて)熟慮を経ず無自覚に超速スピードでこの過程をやっているとは思っている。たとえば今とか。
さらに状況は1対1ではなく集団であるから、規範も相当影響すると思われ。 言われたからと従う必要はなく、ただどのように伝わったのかが未完了ゆえの不安みたいなものは起こるかもしれない。
やるなと言われると今まで選択肢になかったものが急に「やるかやらないか」の土台に乗るSummer498.icon
検討して「やる」になることがある
そうすると「言われてからワザワザやる奴」になる
いい表現だはるひ.icon
そういう奴にさせられるという状況を作られてしまうのはちょっと不当かもなあと感じた。terang.icon
そういう現象になんか名前がついていそう
上で書いていたのは、「そういう状況であっても、彼/彼女は何らかの事情からどうしてもその行為をしたいんだな」と相手が思っている可能性を捨てないのが優しさってもんだろう、的なことだった
まあなので個人的には、一定の儀式を経てコンセンサスに至れる見込みを自分の責任で作れない場合は、安易に他者の言動を抑制/禁止/ルール化する旨のことを、特に書き言葉では発さないように気をつけている この考え方面白い(興味深い)Summer498.icon
うおぉこれだSummer498.icon
なんか歌うよね、ぐらいの認識だった人が、
いざ意義を説明されたり歌うか歌わないかという議論を聞かされると
「あれ?私の考え的には歌わないほうが良いのでは?」ってなる可能性がある
文脈は無視して……Summer498.icon
「あまりにも話が通じない現象」に出くわしたときに「あまりにも信じがたい」ので相手のオツムを疑ってしまう
ワイの悪癖
これもあまり文脈気にしてないけど,ことごとく前提の共有がなされていないことがあったcustard.icon お互い何も理解していないせいで話が進まないという地獄
何も理解していないことを理解していない
何で分からないんだ?で止まってしまった
前提を共有しているつもりで主語を飛ばすと頻発