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一つには光合成ということがありました。 窒素型の恐竜はその肌の表面で( 窒素高分子を) 光合成をしていたものもいました。 化石などではまだ発見されていませんが、当時は半分恐竜、半分植物のような形の生体もいたのです。 もう少し進化した形ですと、トカゲの背中に帆のようなものを立てている恐竜の想像図をよく見ますが、あの帆でも光合成をしておりました( ただあの帆は光合成のためだけに使われていたということでもないのですが)。
特殊な器官・胸腺・そのエネルギーはどこから?
もう一つ( これが窒素型恐竜の最大の特徴なのですが) 心臓の近くに特殊な器官が備わっていました。 それは心臓の( 容積で) 百分の一ほどの小さなサイズなのですが、非常に重要な役目を果たしていたのです。 たとえば人間でいいますと胸腺のようなもので、ある意味胸のチャクラと連動している( あるいはチャクラを反映している) 器官でした。
人間の場合は、魂魄体の胸のチャクラ( アナハタチャクラ) に物質体の胸腺が連動していて、実際にはアナハタチャクラの働き( 指令) を、物質のホルモンという形で人間の身体に伝達します。 恐竜の心臓の近くにあるこの小さな器官も働きは似てはいるのですが、機能が全然違っていました。
基本的にこの器官は恐竜の身体の構成材料となる細胞の元になる高分子を製造していたのです。 あるいはエネルギー源となる高分子も製造していました。 つまりこの小器官が恐竜の代謝をまかなっていたのです。 ただこの小器官が主流となるまでには、窒素をとり入れてからの段階が、何段階もの過程を経て代謝するという複雑なシステムを経ています。 過渡期の恐竜達の中には、そういう複雑な体内構造を持つ恐竜たちもいたのです。
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作った方たちにいわせると、
「 胸の小器官で完全に窒素代謝を100パーセント行うことが出来るようになったものは、ある意味窒素型恐竜の集大成だった」
と誇らしげにおっしゃいます。
どうもこの小器官で最初から完全に代謝出来たということではなかったようです。 よほど大変な作業だったのでしょう。 人間の場合と違うのは、人間は体内の全ての細胞内で独自に自分たちの用途に合わせてDNAに従って構成要素である分子を作りますが、恐竜たちはそんな繊細なことはしていなかったようです。 光合成や胸の小器官でまとめて作ってしまい、あとは体内に流して末端で適当にアレンジするという形だったようです。 彼らは性格もアバウトなのですが、肉体もアバウトだったのです。
窒素代謝を行うためのエネルギーはどこから?
しかしここで問題になるのは「 それをいかにして行っていたのか?」 という疑問が出てくるのです。 なぜなら人間は自分の身体の細胞を増やすため、あるいは生活のためのエネルギーを得るために食物を食べていますが、窒素型の恐竜たちが生存していた初期の頃には、窒素型の生体はいなかったのです。
つまり恐竜以外に食べ物がなかったということが出来ます。 周りはほとんどすべて酸素型の生体( 炭素系たんぱく質) ばかりでしたから、食べても役に立たないのです( 代謝できないのです)。 それでは恐竜同士で食べ合えばいいではないかと思われるかもしれませんが、そんなことをしていたら、たちまち絶滅してしまいます。
そこで「 一体どうやっていたのか?」 という疑問が出てきたのです。 外界から食べ物として、窒素系高分
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子物質を摂取することが出来ないなら、一体どこからとっていたのでしょうか。 もちろん恐竜ですから、食い合いはしていました。
しかし先ほどもいいましたように、それだけでは種を継続することは不可能でした。 そこで注目するのが、例の心臓の側にあった小さな臓器でした。 この臓器は先ほども書きましたように、空気中の窒素を元に有効な高分子を形成していましたが、その高分子が肉体の元になる細胞の分子となるものであろうが、エネルギー源となる高分子であろうが、そういったものを作るにはエネルギーが必要になります。
つまりある程度の高分子となっている食物( 炭水化物や脂肪など) を外界から取り入れている人間などは、わかりやすくいいますと「 すでにエネルギーを含んでいる食物を外から取り入れて、それを分解することでエネルギーを得ている」 という代謝をしています。 生物はすべてこういう循環で生きて( エネルギーを得て) いるのです。
それが例えば、プランクトン→ 小魚→ 大きな魚→ サメなどという生命の食物連鎖になっているのです。
地球上に生きている生命にこの例外はありません。 最初に始まるプランクトンという小さな生き物には、植物系と動物系がありますが、循環の始まりは植物系プランクトンで、それを動物系のプランクトンが食べることで、循環が始まります( 海の場合は)。 そしてこの始まりにある植物系プランクトンは、どこからエネルギーを得ているのかといいますと、一般的には太陽光から得ています。
陸上の植物も基本的には同じですから、地球生命の食物連鎖が始まるエネルギーの源泉は太陽光だともいえます( 例外もありますが)。 ところが恐竜は地球上にどこにも存在しない代謝形態でありながら、自分たち以外食べ物が存在しなかったのです。
ここで再び最初の疑問に戻りますが……それではどこからエネルギーを得ていたのでしょうか。 あの小さな胸の器官で窒素型の高分子を製造するには、大量のエネルギーが必要になってきます。 身体を作る材料も
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必要ですが、エネルギーの元になる高分子( 燃料) を製造するにしても、エネルギーが必要になってくるのです。 つまりエネルギーを得るための燃料を作るためにエネルギーが必要になっているというややこしい状態がそこにありました。
断食の話・気のエネルギーは物質エネルギーよりも強力?
恐竜は動きが緩慢だった・でも瞬間は素早い
ここで一つ恐竜とはまた別なお話をさせて下さい。
それは断食をしていても普通に暮らしている人たちのことです。 そういう方たちは今でも地球上に普通におられます( 調べてみますと数は少ないのですが、思っていたよりは多かったのです)。 以前調べた時は、一体どうやって生活しているのかという疑問がありました。
何も食べないわけですから、周囲の人たちが不審に思わないかと思うのですが……どうもあまりそういうことはないようでした。 実際みわもすでに2年近く水以外ほとんど何も口にしていませんから、異常といえば異常なのですが、彼女のご家族はまったく気がついていないようなのです。
「 多少小食かな」 くらいなのです。
またそういう方たちは民間人にもいますが、主に宗教関係者に多くて、あまり目につかないのかもしれません。 さてなぜ断食のお話しをしたのかといいますと、断食して普通に暮らしておられる方たちは、一体どこからその生活エネルギーを得ているのでしょうか。
みわなどは痩せた女性ですが、それでも見たところ一日に必要なエネルギーは1000キロカロリーは必要と思われます( 実際には彼女の場合は500キロカロリーでいいようです)。
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それをどこから得ているのでしょうか。
皆様はこういう( 精神) 世界に多少なりとも足を踏み入れてしまっておられる方々ですから、物を食べなくても生きていける存在といわれても「 ああ成る程、どこかからか( 天上界とか) エネルギーを得ているのでしょうね」 くらいに直感的に思ってしまわれるかもしれません。 しかし現実には、みわは汗もかきますし、修行中はかなりのカロリーを消費しています。
そもそも肉体が活動しているということは、物質的なエネルギーがそこに介入しているということでもあるのです。 一体どういう仕組みになっているのでしょうか。
その謎解きは、私の肉体改造の過程で見つかりました。 やがて私もみわと同じように何も食べなくてもいいような身体に変化して行く予定です( 私の場合は、食べても食べなくてもどちらでも可能な身体になるようです)。 そこでわかったのが、腸内細菌( 主にある種の乳酸菌) の働きでした。
単刀直入にいってしまいますと「 最近が原子核融合、もしくは物質創造を行っていた」 のです。 つまり私の腸内に有効細菌の層をある程度作ることにより、何も食べなくても必要な栄養素を自家製造出来てしまうのです。 高たんぱく分子はもちろんミネラルやビタミンでさえも創造してしまいます。
( これは後で判明したのですが、みわの体内で創生されていた物質はビタミンやミネラルなどでした。 炭水化物や糖などのエネルギー源となるものは、今のところ体内に残っている脂肪でまかなわれていました。 ただものすごく効率的に代謝されているので、ほとんど減らないようです。 実際みわは3日に一度は青汁をコップ一杯、豆腐をたまに指示があった時に食しています。 完全断食ということでもないようです。 それでも常人に比べれば極端に少ないのですが)
私たちが全く完全に何も食べない何も飲まないでOKという肉体は、もう少し後になるそうです。
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細菌による錬金術・物質創造とその構造
それでも微量物質なら実際に腸内で細菌が「 物質創造」 を行っているのですから、これは大変なことです。 人類が科学的に解明できれば、その応用範囲はものすごく大きなものになりそうです。 将来の生化学者のためにここで少しだけ、物質創造の大まかなレイアウトを書いておきます。
私と月読の大神との問答です。
たとえ微量であっても細菌は自身で物質を創造できるのでしょうか。
「 微量なら」
どうやって創っているのでしょうか。
「 自分の中に製造工場がある」
それでは細菌を調べると、物質創造の過程が解明されるのでしょうか。
「 そうだ」
「 ただそれは今の科学ではわからないだろう」
電子顕微鏡などで見てもわからないのでしょうか。
「 形としては細かいDNAレベルのような解析が必要だが、本当はもっと遙かに細かい」
「 今はDNAの解析も進んで来ているが、それのもっと細かいバージョンよ」
「 フラクタルの概念を元にした、違った方向の解釈が必要だから」
「 二重螺旋でひっ絡まっている部分( 接点) に、そこに気の空間がある」
「 そこの解析」
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「 接点の問題になる」
本来なら「 宇宙全史」 二巻以降で語られるべき内容が続々と出てまいりますので、ここで少し補足しておきます。 二重螺旋という言葉が出ていますが、これは人間のDNAの有様なのですが「 螺旋」 というのは一種のフラクタルなのです。 二次元の波動関数の形を3次元的に投影すると螺旋形になります。
逆に考えた方がわかりやすいかも知れませんが……コイルのような螺旋立体物に光を当てて影を作ると( 2次元に投影すると) 波動関数( 波) の形になります。 私たちはすべからく「 波動」 の存在なのです。
その波動の形が次元を上げると、螺旋形になり、さらにこの3・58次元という世界で螺旋形の次元を上げるために二重螺旋といういわば( 仮の) 上位構造を形成しています。 もっといってしまいますと、今は人間の細かな構造的な部分をお話していますが、私たちの住む世界も実は螺旋形を基本としたフラクタル構造( 階層) を持っています。
ですからこの「 フラクタル」 という概念と「 螺旋」 という構造はこの宇宙にとっては重要なポイントとなっています。 そしてもう一つ重要なポイントは、私たちの世界は確かに物質界という非常に限定され、枠でキッチリと固められた世界なのですが、それでも次元や精神世界の構造にしろ、時空間にしても明確に区分けされ、分離しているかというと( そのように見えますが) そうでもないのです。
たとえばこの後出てきますが「 気」 のエネルギーというのがあります。
このエネルギーは、私たちが扱う物質エネルギーより( 次元的に) 上位にあるエネルギーですが、それでも全く私たちの世界と分離したものかというとそうでもないのです。 そこに触媒( あいだに介入して媒介となるもの) こそ要りますが、この世界との互換性は確かに存在するのです。
つまりたとえ4次元の世界、5次元の世界といえど、全く私たちの世界と関連性がないかというとそうでもないのです。 ある形、ある形式を踏めば、あるいは何かしらの媒介を入れれば、私たちはそうした世界と
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の交流を可能とすることが出来るのです。
そのいい例が「 祈り」 です。
「 祈り」 という何やら曖昧な願望の表明形式は、キチンとしたフォーマットにはまりますと、それは本当の神々に届き、聞き入れられるのです。 あるいは「 呪文」 や「 真言」 「 マントラ」 なども上位の世界( または異世界) との媒介となる力を持っています。 そうした意味で二重螺旋は、単純に「 螺旋形をさらに二重にした」 というだけでなく( それだけですと3次元構造を重ねただけという形になっています)。 そこには更なる上位次元へのアクセスとなるフラクタル空間への接点を持つのです。
さて物質創造にはかなりなエネルギーが必要なことは、ある程度わかっています。
E( エネルギー) =M( 質量) C^2 ( 光速の二乗)
という特殊相対性理論の有名な式がありますが、これによるとわずかな物質が消滅( 変換) すると、莫大なエネルギーが得られます。
これが核分裂や核融合で得られるエネルギーなのですが、もっとダイレクトなのは、例えば陽電子と( 陰) 電子が衝突した時には、質量が完全消滅して核分裂や核融合とは比較にならないくらいのエネルギーが放出されます( 核分裂や核融合では、わずかな物質しか消滅しないのです)。
しかし逆にいいますと物質を創造するには、莫大なエネルギーがいるということになります。 腸内細菌が栄養素を創造している( それが可能だとしてもです) としたら、その莫大なエネルギーは一体どこから来ているのでしょうか。
それが明確になったのは、やはり私の肉体改造の過程からでした。 詳しいことは「 宇宙全史」 第三巻以降に語られると思いますが、結論だけ申し上げますと、
「 上位のエネルギーは下位のエネルギーよりも遙かに強力( 高エネルギー) である」
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ということです。
私たちは通常物質エネルギー( 糖などを燃焼するという形で) を体内で使用していますが、肉体でよく使われるそれ以外のエネルギーで「 気」 というのがあります。 一般には「 気」 は、かすかなあまり手ごたえのないエネルギーと思われていますが、実際には物質エネルギーを遙かに凌駕する質と量を持ちます。
原理的には気のエネルギーは、物質エネルギーの約1兆倍の濃度を持ちます。 ただ実際に現象界に作用させる場合は、1000対1の割合まで希釈されます( 薄められます)。 それでも物質エネルギーの約1000倍のエネルギー量を持つのです。
植芝盛平先生のように確実に気を自在に扱える方なら、本当に肉体をどのようにでも動かせるのです。 ただ巷には「 似非合気道家」 なるものが結構おられますから、しかもそういう方たちに限って未熟な技を披露したがるものなのです。 だから一般には気の本当の力が理解されていないのは、やむを得ないことかもしれません。 本当に気を自在に扱えるとどうなるか、何が出来るのかという端的な例が植芝盛平先生ですので、そのうち植芝先生の本を書いてみたいと思っています。
タイトルは「 地球史上最強の生命体」 です。
お読みになればそのタイトルの意味がよくお分かりになると思います。 さてお話を少し元に戻しますと、物質を創造するには莫大なエネルギーが必要であるとアインシュタインは記述しています。 しかしそのエネルギーはあくまでも「 物質エネルギー」 の場合なのです。
「 気のエネルギー」 が物質に変換されるときは、僅かな量で物質が容易に創造出来るのです。 それではその「 気のエネルギー」 はどこから来るのでしょうか。 これはあまり知られてはいませんが、気が流通する世界は魂魄界にあります。 気というエネルギーも魂魄界も共に物質界に非常に近接した世界です。
だからこそ大きく物質に作用をする( 出来る) のです。
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そして魂魄界から来るその気のエネルギーは、例えば人体のチャクラ( あるいはその補助としてのチャンネル) を通じて、チャクラに対応した人体器官( 主にホルモン腺・内分泌器官) が受け取ります( 実際にはチャクラはエネルギーというよりも気の情報だけを肉体の内分泌器官に伝えます。 気のエネルギーをダイレクトに受け取るには後でわかりますが、もう少し複雑な過程を経なければならないようです)。
受け取った内分泌器官は、特定のホルモンを出すことにより、身体の特定の器官に指令を出しますが、その指令が「 情報」 でもあり「 エネルギー」 ともなるのです( この意味合いはちょっと難しいのですが、ここではスルーしておきます)。
さてここで整理しておきますと、窒素代謝型の恐竜はその初期の頃には完全な形ではないのですが、心臓の近くにある器官で窒素代謝を行っていました。 「 代謝」 の意味は人間でも同じですが、生きるためのエネルギーを得る「 代謝」 と、生体を維持するための素材としての高分子構造をいいます。 それらの仕事をするためのエネルギーを、彼らは上位のエネルギー「 気」 から取得していたのです。
もちろん「 気」 をダイレクトに恐竜たちに摂取させるため、それなりのシステムは魂魄界で構築されてはいました。 生体維持( 主に細胞の構成要素としての) のための高分子製造はわかるのですが、エネルギーを得るために、わざわざ「 気」 のエネルギーを取得して、それを窒素分子に閉じ込める( 窒素高分子を作る) という形にするのは、なんとも非効率的なことだと思うのですが……しかしそれがこの現象界でのエネルギーの取得の限界かもしれません。
このように見ていきますと、恐竜に対して一つの特徴が見えてきます。
それは「 酸素型代謝のように素早く代謝が出来ない」 ということです。
人間などのように、単純に肺で交換して、肺から排出するという機能がないわけで、非常に面倒な代謝ですから、おそらく窒素型代謝の恐竜は動きが緩慢だったではないでしょうか。
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実際うかがってみると、
「 瞬間的な動きは素早いものもいたが、長時間動き続けることは苦手だった」
「 個体差もあるが、酸素型と比較すると確かに動きが緩慢だった」
しかし彼らの動きが緩慢なのは代謝のせいではなく、どうも神経伝達速度の問題だったようです。 これは私の勘違いで、人間も瞬間的に肺で代謝しているわけではなく、細胞内まで酸素を運んでミトコンドリアなどの協力があって初めて代謝しているわけですから、一概に恐竜だけの代謝が極端に遅いということでもないようでした。
このあたりは私の理解度も低く、そもそもエネルギー代謝が非効率的なのは当たり前のことでもありました( 我々人間も形式は違いますが、同じような過程を経ています)。 また後ほどでてきますがZ( ゼプトン) という物質が、窒素型代謝の強力な必須要素としてありましたが、ここではまだ認識できていなかったのです。 窒素型の恐竜たちは、体内で窒素高分子を合成するということの他に、単純に他から摂取して( 他の恐竜を食べて) まかなうということもしていました。
しかしそれは相手が窒素型の生体に限られていたのです。 なぜなら酸素型の恐竜を食べても体内に取り入れることが出来ず、また感覚的にも美味しくはなかったのです。 その結果初期の頃、酸素型恐竜は少数派でしたが、食べられる確率が低く、ある程度まではそれが原因で窒素型よりも増加率は高かったということがあります。
新しい生態系を創ろうと試みた時に、何故こんな( 酸素型に比べて) 面倒な機構を採用したのでしょうか。 そこを確認してみますと、主に二つのわけがありました。 一つは高位のエネルギー「 気」 を現象界で有用なものにするには、非効率的であろうがそれなりの段階を踏まねばならないということ。
もう一つは当時の地球の事情によるものでした。 これを深く考察していきます。
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時空のひずみの修正・エル・ランティを泳がして恐竜人間を作る
恐竜人間は人類初期カルマの解消のため
そもそも窒素型の恐竜を地球の指導者たちが作った( 作らざるを得なかった) 理由は「 地球における時空のひずみの修正」 ということがありました。 「 宇宙全史」 第一巻ですでに書いておきましたが、恐竜のあの時代( 2億7700万年前~6557万年前・白亜紀の大絶滅まで) は非常に分かりにくい時空構造になっていたはずです。
私も何度も収録し直してはいたのですが、最後までキチンと納得は出来ていませんでした。 しかし当時本を出さねばならない期限が迫って来ていましたので、ギリギリまで確認しながら、しかし完全には納得できないままの出版となっていたのです。
ここに来て改めて恐竜の存在意義を確認してみますと、そこにある程度のスムースな流れが見えてきました。 まず地球では恐竜人間が「 次世代人類の可能性」 の実験体として作られました。 ここではすでに書きましたがエル・ランティとプレアデス系の爬虫類種族を中心とする者がそれを作っています。
しかしその恐竜人間があまりにも「 邪悪」 だったため、地球霊界の時空構造にひずみが生じ、ついで物質界の地球にも大きく反映してしまったのです。 それも書いておきましたが、ここでも大きく修正がありました。 まずエル・ランティたちが恐竜人間を作ったという事実ですが、それはその通りなのですが、実際には、
「 彼らにやらせればこうなるだろう」
ということくらいは、上の方たちは当然ご存じだったのです。
つまりなるべくしてなった、もっと端的にいいますと「 やらせた・泳がせた」 ということがありました。
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それがエル・ランティの「 役目」 としての有様であると私が気づいたことでもあるのです。 「 宇宙全史」 第一巻では、恐竜人間たちの人類に対する邪悪な歴史はすでに書いてありますが、なぜそんなことをしなければならなかったのでしょうか。
なぜ上の方たちは人類に対してそんな過酷で陰惨で残虐な歴史を地球で刻まねばならなかったのでしょうか。 ここからはこれまである程度宇宙全史のワーク( 主にウェブ上の質疑応答でですが) で学ばれた方たちしか耐えられない内容かもしれません。 私たちはこの宇宙の隅々から一定のレベルの範囲で集められた魂です。
それはこの地球という惑星で学ぶべきことがあったからですが、それでもまともにこの地球で学ぶためには、前もってある程度の「 澱( カルマ) 」 を清算しておく必要のある魂がほとんどだったのです。 現在私たちはカルマという過去世の澱を人生の過程で消化しています。
それが病気や事故、不幸などという形で現れているはずです。
「 この世はなんてつまらない世界だ」
「 思い通りにならない人生」
「 楽しいことなんか何もないじゃないか」
とお思いの方もおられるかもしれませんが、それは今生において清算しなければならない借金( カルマ) を背負って来ているからなのです。
しかしそれでもなお今の人生を生きることが出来るのは、あの邪悪な恐竜人間たちと共に生きたという過酷な歴史があったからなのです。 そこでその時期、自分たちが持っているある程度の澱が減却されたからなのです。 あの陰惨な時間がなければ、私たちは今ここでこうして不満たらたらでも、生きていることすらおぼつかない存在なのです。
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私たちはそういう存在なのです。 そのために恐竜人間が創られたということがあったようでした。 もちろん最初からそういう邪悪な存在を作って人類をとんでもない目に合わそうということではなく、先ほどもいいましたように「 エル・ランティたちを放置しておけば、それなりのことをするだろう」 という形で進行した結果、今の人類の歴史になったということなのです。
この部分はもう少し詳細に収録した結果、少し修正があります。 エル・ランティ( が主体で) たちが恐竜人間を作ったのは事実ですが、それを「 役目」 として自覚していたかどうかというと、エル・ランティはどうやら「 わかっていて」 やっていました。 つまり「 お役」 としてなしていたのです。 ただあそこまで邪悪な存在を作るかどうかは彼の問題でした。 ( 地球に来た魂たちの浄化のため) 出来るだけ人類を苦しめる存在を作る必要はあったのですが「 必要ならば躊躇はしない」 という彼の性格が、多少やり過ぎに走ったのは否めないようでした。
ここからは本当にもうお話が恐竜からだいぶずれていってしまうのですが、行きがかり上やはりお話しておきます。 よくよく考えて見ますと、恐竜人間と同じ環境に住むというのは、苦しみの連続で( ほとんど地獄だったでしょう) 確かにカルマの解消にはなるのかもしれませんが、逆に新たなカルマ( 恐怖や憎しみや悲しみなど) を積んでしまうことになるのではないでしょうか。
「 僅差ではあったが、少し解消度が多かった」
「 それでもバランスなんだよ」
どうもそうしたディープな澱を解消するには、そこでまた新たなカルマを積んでしまうというのは仕方のないことのようなのです。
「 いっぺんにスパンと解消するという仕方ではない」
それは出来ないのでしょうか。
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「 選択していないから出来ない」
例えば他にどういう選択肢があったのでしょうか。
「 ほぼないね」
「 そういう選択肢しか当時の人間にはなかった」
それでは他にどういう方法論があるのでしょうか。
「 その魂たちの総魂のレベルにもよるんだけどね……」
「 100パーセント近い形でスパンとクリアできる皆さんと、繰り返しながら徐々に浄化していく皆さんがいる」
「 トータルではほんのわずか浄化できた……それでもやらないより全然まし」
「 成功といえる」
でもあの時代、地上に出ている人間はかなり少なかったと思います。 時間的には長かったでしょうが、結果的に極わずかの人間だけがカルマを背負ったということになるのでしょうか。 またそれを背負った方たちというのは、背負うべきカルマを持っていた方なのでしょうか。
「 それを選択した人たちだったのだよ」
「 選択せざるを得なかったのではあるが、もう少し能動的ね……その中でも選択した人たち」
選択する能力があったんですね。
「 気概というか……気合いがあった」
「 ほとんどの魂は出なかった( 選択しなかった) 」
つまり本来そういうカルマを受けなくてもいい魂たちが降りて行ったといってもいいのですね。
「 他が出ないからそうせざるを得なかったのだが……気概だね」
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恐竜人間に捕まり監禁され、家畜のようにもてあそばれ、挙句の果てに産んだ乳飲み子を食い殺され気が狂った女性もいましたよね。
「 ギリギリの所での攻防」
「 そんな中でもクリアするレベルの人は、もっと少ないけどね」
クリアした人がいたのでしょうか。
「 少ないけどね」
いたのでしょうか。
「 いないことはないけどね」
何人?
「 一人」
ここでピンと来たので「 仏陀を除いて何人でしょうか」 とお聞きしています。
「 総じて一人( 恐竜人間も含めてという意味らしい) 」
じゃあ仏陀でしょう。 仏陀は別格ではないでしょうか( 仏陀が恐竜人間として転生していることはすでに「 宇宙全史」 第一巻にあります)。
「 同じなんだよ」
そういえば仏陀はなぜ最初の世界腺に降りなかったのでしょうか。 ( これもすでに書いておきましたように恐竜プロジェクトの世界線には2本のルートがあります。 一つは時系列的には、最初に恐竜人間が作られた世界線。 もう一本は、その修正のために作られた普通の恐竜と恐竜人間の歴史を作った世界線。 この2本の世界線が混在しているために、「 宇宙全史」 第一巻のあの記述がややこしくなってしまっていたのです)
その方が恐竜人間と人間の確執を縮小できたでしょうに。
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「 その時( 1回目) はやってみなければいけなかった」
「 仏陀の調整の力は、まだ発動させる時ではなかった」
人類は一度どうしても恐竜人間との共生という禊( 調整) を通過する必要があったのです。 しかしそれでも仏陀が降りる必要があったのは、甘すぎたということがあったようでした。
「 調整( 禊) というには、あまりにも甘すぎた・粗雑だった」
エル・ランティたちはどうしても一度はやらなければならない調整と知っていてやっていますが、先ほども書きましたが、行き過ぎた感はあったようでした。 そこには彼の趣味がだいぶ入っていたということでした。
窒素型恐竜の意味・環境整備と歪みの解消
そこで重要な恐竜のウンチ
さてここからまた窒素型の恐竜のお話に戻ります。 つまり皆さんがよくご存じの( 化石などでよく見る) あの恐竜たちのお話です。 これも宇宙全史第一巻で書いておきましたが、彼らは時空をさかのぼって( 地球の歴史をもう一回やり直す) という形で創造されています。 第一巻を書いていた時はその本当の意味が理解できていませんでしたが、ここである程度明確になってきました。 窒素型の恐竜たちを創造したのは、上の方たちでした。
エル・ランティ( 高橋神次さんだったかもしれませんが) が「 恐竜は自分が創ったんだよ」 などとさも自慢そうにおっしゃっておられましたが、実際はそうではありません。
「 黙して語らずという徳を知らない」
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「 しかしそれも人間として出る修行だろうよ」
「 黙して語らず」 どころか、ばれなければ何をいってもいいと思っておられるのでしょうか。 さてそれではなぜわざわざ地球の歴史を遡ってまでして恐竜を創らねばならなかったのでしょうか。 大きく分けて窒素型の恐竜には二つの役目がありました。
一つは恐竜たちの廃棄物、つまりウンチにそのわけがあったのです。 窒素型の恐竜の代謝物( すでに書きましたが、呼吸でから排出する形ではなく、消火器官から固形物として排出しています) は、水酸化ナトリウムと窒素高分子の化合物でした。
それは当時の荒れた地球の大地に「 窒素肥料」 としてばらまかれていったのです。 当時恐竜という動物だけではなく、窒素代謝の植物も作られていました。 それが現在でも植物に窒素系の肥料が必要な要素として残っています。
それで地球環境の整備という形で、出来てしまった「 時空のひずみ」 を解消しようとしたのです。 しかしここで疑問があります。 後でも同じように出てきますが、もし当時の地球に窒素肥料が必要なら、そんなまどろっこしいことをしていないで、さっさと窒素肥料を大地にまけばいいではないかと思うのですがどうなのでしょうか( JUMUなら簡単にできるでしょう。 そもそも窒素肥料で時空のひずみが解消できるのでしょうか)。
確認しましたが、やはりどうもそういうことでもないようです。
「 恐竜たちが作る窒素肥料の量は少なくても、実際に恐竜たちのそうした歴史が地球上にあった。 彼らが生きてそこで彼らなりの経験が積み重ねられていたという事実……それが重要なのだよ」
ここでひとつ疑問があります。
それではなぜ酸素系( 恐竜人間) の生態系のカルマの解消に窒素系の生態系が用いられたのでしょうか。
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「 拮抗する勢力をぶつけ合って歪みを直すという対処療法的な意味合いはあったね」
普通の恐竜にあまりカルマというのはなかったのではないのでしょうか。
確か「 宇宙全史」 第一巻では「 恐竜たちは生きるだけで楽しい」 という境涯を持っていたはずです。
「 恐竜のカルマというより、そこにあるということ……それをぶつけることに意義があったね」
「 脅威でありながらカルマの解消の糧でもあった」
( ここからは少しややこしくなって来ます)
あの史上最強の恐竜人間でも通常の恐竜が脅威になったのでしょうか。
「 ( 恐竜人間も含めて) 酸素型の生体は全体意識で脅威と感じていた」
「 拮抗する勢力というのはそれ自体が脅威ではあるがね」
「 脅かされる脅威、追い立てられる恐怖……それが( 恐竜人間にも) 微かではあったがあることはあった」
「 それで均衡は保たれていた」
人間はわかりますが、恐竜人間もそう感じていたのでしょうか。
「 根源的に完璧な存在ではなかったからね」
恐竜は完璧な存在だったのでしょうか。
「 ある意味無害……そこまで発達していないという意味で無害( 無垢な赤ん坊と汚れきった成人の比較の方がわかりやすいかもしれません) 」
「 恐竜人間は発達していたから感じた脅威ではあった」
無害なものにどうして脅威を感じるのでしょうか。
「 そこが酸素型のレベル」
「 根底に恐怖があるから無害とは思えない」
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どうして恐怖が根底にあるのでしょうか。
「 それがあるだけで自分を脅かす、拮抗する勢力があるだけで自分を脅かす存在と感じる」
「 自分のテリトリーの中に入って来られると、身の危険を感じるというレベルの低さ、狭さはあるね」
カルマを背負ったのは人間の方ですよね。
「 恐竜人間も( 能動的な) カルマを背負ったけどね」
「 シンプルなモデルケースとして酸素型生体と対照的なのが窒素型」
「 対照的な生態系をぶつけることで解消出来ると判断した」
「 そういうフィールドがあった」
しかしどう考えても窒素型恐竜たちにはそれほどの( 対抗するだけの) カルマがあったとは思えないのですが。
「 その場所でその区切りで現されるバランスでカルマを決定した」
「 恐竜の方が少なくてよかったのは事実だが……ま、色んな事情があるのよ」
どうやらこれ以上は因果律に関わる範疇になるようで、月読の大神の歯切れも少し悪くなって来ていますので、このあたりで区切っておきます。
現実的な世界構造
恐竜の骨は何で出来ていたのか
このように時空のひずみの解消に実際に使われるアイテムを見ていますと、非常にアナログといいますか、肉体や精神も含めて、私たちの存在そのものが関与していることがおぼろげながら見えてきます。 そもそも
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時空のひずみの原因を作ったのも「 恐竜人間の邪悪さ」 というこれまた一見非科学的な精神領域の要素なのです。
私たちは「 科学的な」 という狭い了見で物事を判断しようとしますが、この世界の本当の姿は、私たちの精神的な領域と密接に結びついているものでもあるのです。 「 宇宙全史」 第一巻でも少し出て来ていますが、タイムマシンという乗り物は可能だそうですが、そこに大きく関与する必須の要素に「 強力な超能力」 というものがありました。
やはりここでも時空構造に関わるためには、精神的な何かが必要なようです。 次元や時空間というと、もうガチガチに科学的に数式で解明されるべき事柄のように思ってしまいますが、こうして探求していきますと、そこには私たちの精神構造と密接に関わったものが深く根ざしているように思えてきます。
やがて私たちに馴染みのある恐竜たちは地球の歴史上でそれなりの進化をし、役目が果たせたころに絶滅しています( させられています)。 彼らのもう一つの存在意義は、恐竜という存在そのものでした。
まず窒素系恐竜たちの骨に関して質問しました。
恐竜の骨は化石でもたくさん出てきますが、そもそもあの頃の( 古い時代の) 化石はほぼすべて鉱物と入れ替わっていますので、形やサーフェイスはある程度分かるのですが骨の構成要素を知ることは出来ません( 化石の出来方がそういうもので、たとえば泥に埋もれた動物などの組織がすべてなくなってしまっても、骨などのかたい部分や腐らない部分は泥がそういう形状に固まりますので、それが保存され、そのまま固まったものや、型として残った所に、液状の鉱物質( 水に溶け込んだ鉱物) が入り込んで・しみ込んで固まったりしたものが化石となっています)。
ここまでお話しておきながら身もフタもない情報ですが、実際の恐竜の詳細な情報( 化石も含み、あらゆる生態系) は、すべて歪曲され、あるいは抹消されています。 それは人類が恐竜人間という邪悪な存在を知
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ることがないように図られたことでもありました。 また人間が当時存在していたという事実も消されています。 生身の恐竜の骨にはカルシウムも少しはありましたが、ほぼ3分の2は窒素系の化合物でした。 カルシウムの骨は軽くて頑丈ですが、恐竜のそれは何か鉱物質のようなものでした。
なぜカルシウムを使わなかったのでしょうか。
「 代謝が複雑になるから」
酸素系生体とまったく異なるものは何かなかったのでしょうか。 ここからの情報は久しぶりにJUMUの科学部門担当の方からです。 そしてこの後私はとんでもない領域に足を踏み出すことになったのです。
並行世界で行われていた実験( 続いている恐竜世界)
「 進化形態の枝葉の道筋が明らかに違った」
時空のひずみの浄化を意図した進化系ということでしょうか。
「 それを基幹とした意図だけどね」
じゃあ浄化だけではなかったのですね。
「 そうだ」
他に何があったのでしょうか。
「 枝葉、索なんだよ」
「 進化類型の瀰漫化による弊害を防ぐ一つの云々……」
もう少し分かりやすくいって下さい( 少しいらつく私)。
「 いくつもの枝葉を選択していく上での、いわゆる命の類型の淘汰と進化形態の確立を実験するためだよ」
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多様性を模索したということでしょうか。
「 すごく大雑把にいってしまえばね」
「 でもそこには魂の多様性も入るからね」
しかし元々( 多くの入植者たちによって) 地球の多様性は豊かだったのでは。
「 それは進化形態……この場合は進化経路がね」
そこをお聞きしているのですが。
「 世界をいくつか選択する上での……」
ここでピンと来たので確認してみました。
ひょっとしたら恐竜人間はまだ生き続けているのでしょうか。
「 ここでの選択はなされなかったけどね」
確かにこの私たちの世界では、恐竜人間はあまりにも邪悪な存在として終焉させられましたが、袋小路にならない進化形態を持った存在として、別な世界で継続しているのでしょうか。
「 生きている」
それは地球上にいるんですね。
「 並行世界だけどね」
そちらをその時模索していたということでしょうか。
「 そういうことだ」
しかしなぜ……。
「 他にもいた」
恐竜( 爬虫類) だけではなく?
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その実験はどこでやっていたのでしょうか。 地球でやっていたのか、あるいは他でやっていた実験がこの地球に反映したのでしょうか。
「 この地球には反映した」
それは( 反映したのを) 私たちが知らないだけでしょうか。 あるいは知っていても認識していないだけでしょうか。
「 そう」
( 恐竜の実験以外は、他の世界線で行った実験が地球に反映したようです。 恐竜だけは地球でやっています)
この宇宙における生体の種類( 炭素系・塩素系・クリプトン系等々)
ここでまた色々お話をうかがっているのですが、長くなりますので大雑把にまとめておきます。
私たちの住むこの地球は、決して私たちだけのものではないということが一つあります。 この宇宙にはすでに「 宇宙全史」 第一巻でも書いておきましたが、私たちのようなヒューマノイド系、昆虫系、爬虫類系、鉱物系などの生体系が存在しています( 他にも細かいものがたくさんあります)。
またその各生体が代謝で使用する元素で振り分けてもいます。 私たちは炭素系( 炭素を塩基とした) 分子を代謝に使いますが、他にもN( 窒素) 、CL( 塩素) 、Ar( アルゴン) 、Si( ケイ素・シリカ) 、Cr( クリプトン) などがあります。
それらの元素が塩基となっている生体を窒素系生命とか塩素系生命と呼びます。
( なお塩基という単語は明確な定義がなく、英語ではベース( base) と書きますので、基本的には生体( 主
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に核酸) の基本構成要素のベースとなる元素を指した方がわかりやすいかも知れません。
他にも塩基には化学の歴史的な変遷とともに追加された色々ややこしい定義がありますが、将来的には化学的な意味の塩基という単語は廃棄、もしくは整理する方向でもっていった方がいいと思うのですが、余計なお世話でしょうか)
この宇宙の生態系の全貌
謎の物質Z( ゼプトン)
もう一つ、これは書くかどうか迷いましたが、ついでなので書いておきます。 この宇宙の代謝系は以上述べましたように6つありますが、6というのは何やら中途半端な数です。 そこで確認しますともう一つZ( ゼプトン) というのがありました。 これはまだ人類には発見されていない元素になります。
その元素記号がZというわけです。 ちなみにZnは亜鉛ですが、こちらは単なるZです( Zという元素記号も、ゼプトンという名称も今の人間界には存在しません)。 実は以前から( 宇宙全史のワークで) この元素記号は出てきていたのですが、確認しても「 ZはZだよ」 といわれるだけで、わけのわからない物でした。
今回やっと具体的な正体が判明したのです。 そしてこのZを塩基とする生命体は、概して高度な精神構造を持ち、姿かたちも定まらない「 炎」 のような流動体の有様の生体になります。 現実的にはこのゼプトンを使って、地球界における物質に膨大なエネルギーを注ぐことが出来るようになります。
今回の文明でもこのゼプトンを使用した人間はいたのですが、たとえばそれはイエスでした。 イエスが極端な超能力を見せた時などは、このゼプトン系の存在が関与していました。 つまり物質体の上位にある魂魄体からのエネルギー( 気) を物質体に反映させるために、その中間地帯で媒介役としてゼプトン生体が介入
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していたのです。 イエスの場合は極端な例ですが、もう少し一般的なモデルとしては、私たちの誰にでもあるチャクラが開くとき( 活性化したとき) やはりこのゼプトンが介入して膨大なエネルギーを体内に反映しています( 開く前でもチャクラは肉体に影響を与えていますが、その場合はエネルギーではなく、情報・指令としての反映です)。
これまでチャクラを開いてこられた聖賢たちは、このシステムを自動的に使っていたのです。 もちろん植芝先生もこのZを自在に操られます。 それが気を扱うということでもあるのです( 私たちはダイレクトに気を扱うことは出来ないようになっています)。
実は恐竜の窒素代謝の収録で、胸腺に似た場所にある代謝工場器官のところで、どういうふうな化学式で代謝が行われているか確認していたときです。 色々ややこしい( それでも見たことがある) 高分子の化学式を見せられたのですが、その中に「 Z」 という化学式がありました。 これについて根掘り葉掘りうかがったのですが、結局「 ZはZよ」 という結論でしたので書かないでいたのですが、ここに来てやっとその正体が見えてきたということでした。
ですから恐竜の体内でもゼプトンが介入していたということだったのです。 それが上位の環境でそれなりの装置を関与させていたという意味でした。 だからこそ気のエネルギーで、窒素代謝が可能だったわけです。
そして私たちの炭素系を含む6つの塩基生体は、どれもそれぞれ優劣はなく、この宇宙においては同格で進化を模索しています。 ここでそれぞれの塩基に対応する生命形態を書いておきます。
炭素系――ヒューマノイド
窒素系――爬虫類
ケイ素系――昆虫類
アルゴン系――鉱石類
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クリプトン系――木石類( 木と石が半々くらいです)
塩素系――流動体( アメーバのような形態)
( 流動体を除いて、基本形はすべて2本足です)
このように大まかに限定してしまうとほぼ類別できるのですが、実際はもっとまじりあい、細分化されています。 なお魚類はそんな「 混じり合い細分化された」 種族になっています( 基幹種族ではないということです)。 塩素系のアメーバであっても、ヒューマノイドより劣るのかというとそうでもなく、あくまでもそれぞれ個々の進化の段階によるようです。
そして先ほど書きましたZ( ゼプトン) を塩基に持つ生命体は、この宇宙では別格ですが、彼らが他の6種族を監督指導するのかというと、そういうわけではないらしく、彼らを媒介として6種族が上の次元に駆け上がるための仲介役としての在り様なのです。 監督・指導はもっと上位の存在が受け持ちます。
ここで整理しておきます。
1 オーム宇宙は6つの塩基を元にして生命を創った。
2 その6つの生命形態に優劣はなく、どれもそれぞれの方向性に従って進化を模索している。
3 Z( ゼプトン) は6つの生命体が上位の次元に駆け上がるための仲介役として存在する。
つまり私たちはゼプトンを利用しなければ、上位の次元には参入出来ないということでもあります。
そんな大切なものなのに今までその名前を聞いたことがありません。
覚醒にも必要なもののようですのに、なぜこれまで秘されていたのでしょうか。
「 別に秘されていたわけではない」
「 ただこれまで誰も聞かなかったからね( 探求しようという者がいなかった) 」
なるほど……覚醒してしまった方は、別にそこを探求する必要もなかったのでしょうね。 それよりはそこ
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からの新しい世界に目が向いてしまうのは当たり前のことかもしれません。
ところでZの原子式はどんなものなのでしょうか。
「 Zは物質化することも出来るので、ないこともないのだが……可変だよ」
「 作用する物質に合わせて変えることが出来るので、原子式すら元から変わってしまうので、あるようなないような……」
「 そもそも近接しているとはいっても次元( 世界) が違うからねェ」
地球界の多様な世界線
ところで珪素でも高分子が出来るのでしょうか。
「 出来る」
どんな感じなのでしょうか……ガラスのような生物?
「 透き通っている者もいるが、ガラスのように硬くてもろいということはない」
「 流動ガラスという感じか……あなた方から見るとそう見えるかもしれない」
「 見た目というよりも彼らの受動器官、感覚器官が異なるのだよ」
どうやら感覚器官が違うことで、考え方の道筋が異なり、その結果適応される時間がまた異なっていくようですが、ここも説明が非常に難しく長くなってしまいますので、「 宇宙全史」 第二巻の時間の章でご説明いたします。
( なお先ほど生体細胞の構成塩基でこの宇宙の生態系が分けられているとして、その対応を書いておきましたが、あれはあくまでもかなり大雑把な区分でして、例えば珪素系とアルゴン系、クリプトン系は、かなり
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交じり合っていたりもします。 つまり珪素系であっても、昆虫系とは限らず、鉱物質の生体も存在しています。 この辺りは中々融通がきくようです)
それぞれの生体は形はもちろん魂の傾向性もずいぶん異なるものになっています。 この地球は宇宙のゴミ溜めであるのですが、ここに集められた魂は決してヒューマノイド系だけではないのです。 現在ここの世界( 私たちが生息しているこの地球ですが) にも、その魂の源流をたどるとすでにご存じのように爬虫類や昆虫系といった生体にたどり着くものも多いのですが、学びとして「 ヒューマノイドの流れ」 の学びをここで選択した魂でもあったのです。
そして地球にたどり着いても( 地球という特殊な環境で) 「 昆虫系の学びをしたい」 「 爬虫類系の進化系を選択したい」 という魂のために、地球自体に多くの世界( 世界線) が用意されていたのです。 ( あるいはヒューマノイド系の世界線が一本では単純過ぎて、進化経路の多様性が望めないので、他にも別な生命形態の世界線を用意して、そぞれがある程度関与・反映するようにしたということでしょう)
ですから実際に昆虫系なら昆虫たちが、その別な世界で進化を意図した時、私たちの地球世界( ヒューマノイド系の) にもその事象は反映していたということでした。
つまり地球における他の世界( 並行世界) で昆虫系が進化を大きく模索していた時期には( 「 宇宙全史」 第一巻によりますと6億年くらい前ですが)、私たちの地球上に巨大昆虫や今から見ますとわけのわからない多様な昆虫類が繁栄していたのでした。
そしてこうした反映現象は、鉱物系の生体に始まり、昆虫類、爬虫類系の実験( これが恐竜人間でした) で収束しています。 炭素系の人間を入れて計4種類の生態系の進化系列があったわけです。
でも恐竜などは最終的には別の世界( その生態系の本来の世界線) に持っていくのなら、最初からどうしてそちらの世界でやらなかったのでしょうか。
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「 恐竜自体がイレギュラーな存在だったからね」
「 あえて組み込んだ実験だったからね」
「 ひずみの是正と恐竜という生体の実験をついでにやってしまおうというのがあった」
鉱物系生体の地球への共感
なお鉱物系の実験はかなり大昔でして、約58億年前にその前兆( この時みわが特殊な鉱物に転生しています) があり、53億年前に本格的な実験が始まりました。 しかし実際には非常に短いスパンで終わってしまっています。 ワンサイクルが約2000年だったのですが、そのワンサイクルだけで収束しています。 その時は珪素系の( 見た目) ガラス質の生体が、15、6体何もない荒涼とした大地にいただけでした。
なぜワンサイクルで終わってしまったのでしょうか。
「 同化が激しかった」
「 自分たちの活動より、地球に馴染むことを選んだ( 馴染まなければいけないほど地球が頼りなかった) 」
この時の地球はまだ誕生したばかりで、その表面意識は幼かったともいえるのです。
惑星意識といえば人間の意識をはるかに凌駕するものと思いがちですが、惑星意識にしても人間と同じように赤ちゃん時代もあれば、幼い意識の時もありました。 1個の生命体と同じなのです。 いわば地球がその時「 助けて」 という叫びをあげていたのです。 そこで鉱物系人類は「 ひと肌もふた肌も脱いでやろうかな」 となったのです。
仏陀は地球の監督ですが、この頃はまだ見守るだけという感じでした。 監督をするというのはずっともっと後になってからです。 ちなみにこの時ハッキリしたのは、ソロモンは仏陀の分身ですが、どちらかといい
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