メールという形式に促される、メールという形式をはぎ取る
普段メールを書くときは、メールソフトを前景させ、相手の直近メールの“返信”をまず立ち上げる。立ち上げてから考える。ikkitime.icon
推敲したいときは、いったん宛先を自分のみにすることもあるが
そんで、「○○さん(改行)お疲れさまです。」と打ってしまう。その後のほうが、つられるようにして、話さないといけないことが出てきやすい。
まあ、本文の下に、ここまでのやり取りの引用が表示されてくれることもあるが、
脳の中の「語りかけモード」にスイッチが入ってくれることが大きい。
これは、メモ帳アプリや紙のノートに下書きをしていると効率が上がらない
その一方で
クレームのような、怒られる処理をするときには、
一度相手のメール本文をコピーしてアウトライナーに貼り付け、
文章を情報単位に分解して、対応の必要な行を覚えておくだけでいい行と分け、それぞれの課題ごとに、対応や文案を書き足して、枝としてぶら下げる。
……というような行動をすることを前提に、「開いて、コピーして、貼り付ける」だけをする。
感情を、情報や思考からはぎとる。
行動を感情から切り離す
自分の感情を、外界から切り離す
感情を、直接浴びない・浸らないという約束をする。
rashita.icon
以前、Beckさんのニュースレターに返信する形で、僕も自分のニュースレターを配信する、という試みをやっていました。
そのとき、その返信記事をテキストエディタで書きはじめるとどうにもうまくかけない、文体がおかしい感じが多々ありました。
Gmailで、「返信」ボタンを押して書きはじめると、するすると書けることと比べると天地の差があります。
「返信」を押して、「メール拝読しました」と書いてしまうと、あとはもう文章が流れてくれる、という感じです。