ミュージックビデオの身体論⑨ヴァルネラブルな身体──クリス・カニンガムからまふまふまで
仮説
生理的でヴァルネラブルな身体
ハイブリッドな身体
(マリリン・マンソンは)ハイブリッドな身体を単なる露悪的表現だけに留めるのではなく、宗教的・政治的文脈と結びつけて扱ってきたアーティスト 幽霊的な身体
水中で取られた映像
暴露性と見世物性
大阪の孤児院(実際には隔離病棟のような施設)
ボディ・ジャンルのさらなる過剰
こうした表現をより広範な視覚文化の歴史上に位置づけるならば、映画研究者のリンダ・ウィリアムズが提唱した「ボディ・ジャンル」という概念を導入することが有効だろう(『Film Bodies: Gender, Genre, and Excess』1991年、未邦訳)。ボディジャンルは、物語の効率的かつ経済的な語り口を洗練させた古典的映画(古典的ハリウッド映画)のスタイルから逸脱した3つのジャンル(ホラー・ポルノグラフィ・メロドラマ)を説明するための言葉で、身体表象の過剰なスペクタクル性や、視聴者の身体への直接的な働きかけ(震え上がらせる・性的に興奮させる・涙を流させるなど)を特徴とする。 対抗的な身体
bad guyってそういう話だったんだ
フラジャイルな身体
編集者・著述家の松岡正剛が指摘したように、こうした「弱さ」を「強さ」の欠如と捉えてはならない。「弱さ」はそれ自体で独自の特徴や価値を持っており、ささやかな一部分でありながら、時に全体の構造を揺るがせたり、大きな力に抵抗し得るような微細な力を持つのである(松岡正剛『フラジャイル——弱さからの出発』ちくま学芸文庫、2005年)。