コンセプチュアル・アート
コンセプチュアル・アート前史
1918年 デュシャンが最後の絵画《tu m'》を制作、制作活動に置いて試みた新機軸を要約する 偶然の使用
写真の「インデックス」という地位
反芸術であることを本質としたためかコンセプチュアル・アートという面では逸れていく 1930-1950年代
デュシャンの沈黙
「芸術を捨てた芸術家」として生前より神話化される傾向のあったデュシャンに批判的な声(ヨーゼフ・ボイスによる「デュシャンの沈黙は過大評価されている」など) 1960年代 モダニズム絵画が完成し崩壊|コンセプチュアル・アートが発明(発見)される
若手アーティストに影響を与える
没後1年後の1969年に公開される
没後にこの新作が公開されたことで、若手アーティストたちに対して強まりつつあった彼の影響力は絶頂に達する
1967年 ソル・ルウィットの出版物の中にコンセプチュアル・アートが出てくる
ソル・ルウィットが考え出したコンセプチュアル・アート、確かにデュシャンの作品は当てはまる。
だけど直接影響を受けていると言えるんだろうか
モダニズム絵画によって抑制された美術の「問い」という側面が60年代に改めて出てきた?
いや、ソル・ルウィットはアイデアであって問いではないのでは
コスースとかは問いに見えなくもない
前者は全体としての方向性を示し、後者はその構成要素である。
異なると言っても相反するという意味ではなく包含みたいな感じか。
モダニズムの絵画にも「絵画とはなにか」という問いがあったのでは。
ソル・ルウィットの考えるコンセプチュアル・アートは少し広い?
デュシャンの系譜としてのコンセプチュアル・アートがたくさん現れたからそれらをまとめる言葉として使われてきたが、ソル・ルウィットはもう少し距離があるようにも見える。
デュシャン系譜はコンセプチュアル・アートのコンセプトの「問い」を置いているもので、ソル・ルウィット作品は「操作」を置いている?
操作と問い以外のコンセプトって置けるのかな。
操作だって「こう操作したらどうなるのか」という問いとも言えるのでは。
そっちの方が自然か。
これってつまりモダニズム絵画の系譜だよな。
ただデュシャンが網膜的と批判したようにソル・ルウィットも「作品の見た目が良くないからと言って、必ずしもそれを否定することはない」としている。 ソル・ルウィットは最初はぎこちなくても後々心地よくなると言っているのが面白い。
コンセプチュアルはパーセプチュアル(知覚的)の対義語である。
ジェネラティブアートはアイデアをコードにしてコンピュータに描いてもらうという点でソル・ルウィット作品ととても似ているが、ソル・ルウィットはコンセプトを固めたあとはそれをアーティストが変更してはいけない(これがコンセプチュアル・アートの定義とまでいえる)とし、作っているうちにどんどんと変わっていってしまうような作り方であればそれは見た目だけが近い真逆の作品である。 コードを描くというのがアイデアを出す行為で、そこから生まれたコンセプトを元に作品を作ったらどうなりますか
まあそれはコンセプチュアル・アートかもしれない。
もちろんジェネラティブアートがコンセプチュアルである必要はない。
ダサい見た目のコンセプチュアルアートがないのがおもんないよなと思う。
これ日本の緑の養生テープだったら生まれてないんじゃない?
wikipediaの写真面白い
https://gyazo.com/0efc7d41f476f721404ed0b4d3afb826
これはコメディアンではないけど、いやこれもいいですね。
まあダサいし。
下二つを考えるとコンセプトが良いと見た目が良くなっちゃうというのはあるのかも
作品の見た目が良くないからといって、必ずしもそれを否定することはない。最初はぎこちなく見えたものが、やがて視覚的に心地よく感じられることもある。
33.優れたアイデアを台無しにするのは難しい
だからこそダサい見た目のコンセプトアートを見てみたい。
@hiranok: デュシャンのレディメイドは、実際のところ、何でもいいわけではなく、「泉」は特に造形的な美観が大きなポイントだと思うが、考えてみると、『においの歴史』にある通り、19世紀までのパリでは、窓から排泄物を捨てていたような状態で、1887年のノルマンディ生まれのデュシャンにとって、あの便器は、新しい大量工業製品時代の象徴というだけでなく、少年時代には存在しなかった物体として、何重もの意味に充ち満ちていたのだろう。このサイトを見て、後にル・コルビュジエも、陶器の便器を非常に褒めていたというのを知った。 https://gyazo.com/df49de1dfb0d1f0e708375cd3ffc253e
まあ、やはりかっこいいですよね。
(良い)芸術全般に当てはまることを言っているという考え方もある