したがって、無根拠性は、ある遠く離れた、哲学的に難解な分析のなかにではなく、日々の経験において見出しうるのである。実際、無根拠性は「常識」としての認知のなかに、つまりわれわれが携わる種々のタイプの行為によって不断に形成される、固定されておらず所与のものでもない世界をいかに生き抜くかを知ることのなかに見出されるのである。