この不安の感情は、絶対的な根拠を渇望することから生起する。この渇望が充足されないと、残る可能性はニヒリズムか無秩序しかないようだ。根拠への探究は多くの形態をとるが、表象主義の基本論理の場合は、世界の外的(非精神的)な根拠か内的(精神的)な根拠のいずれかを求めることになる。心と世界を主観と客観の対極として処理することにより、デカルト主義の不安は、根拠を求めて両者の間を揺れ動く。