第2章 上京と「知的なもの」への憧憬――集団就職と定時制
1  上京への憧れと幻滅
では、定時制に何が求められていたのか。
そこでは高卒学歴の取得以上に、「教養を身につける」ことが重要視されていた。
大学進学もよい職場に移ることも期待できないとなれば、定時制に通うことの目的として見出されるのは、「教養」しかなかった。
言うなれば、定時制高校生の教養への志向は、実利の世界から締め出されていたことと表裏一体をなしていたのである。
2  「進学の代替」としての大企業
それは、彼らが戦後の義務教育を通じて理解した民主主義の理念との対比のなかで、見出されたものであった。
言うなれば、中学校で学んだ戦後民主主義の理念との比較対照で、「自由な討議」が困難な会社の風土への批判が導かれていた。
そして、そのことが「本当の勉強をしたい」「もっと幅広い内容がほしい」という思いをかき立てたのである。
言い換えれば、彼らの定時制通学の動機は、直接的な実利のためというよりは、何らかの教養を求めてのものであった。
中小企業の勤労青年たちは、
進学組への憧れと反発、進学予定者に手厚かった中学校教育への反感、現状の労働環境から脱却しにくいことへの諦念が相俟って、定時制に教養を求めていた。
大企業に就職でき、さらには難関の養成所に合格できた勤労青年たちは、
進学組へのコンプレックスが皆無ではないものの、一定の達成感と給与等の待遇の良さを実感できた。
学歴と昇進をめぐる理不尽な扱いや、デモクラティックな討議を許容しない企業・養成所の風土を目の当たりにするなか、会社に自己同一化させる生き方に疑問を持つようになった。
そのことが、職場や養成所への幻滅を導き、あえて定時制高校で「何が真実なのか」を模索することにつながった。
定時制高校は彼らにとって、会社にはない対等な人間関係と自由な討議が可能な空間であった。
3  定時制が生み出す「冷却」
だが、勤労青年たちは、大学紛争以前の時代においてさえ、実利が保障された将来を見通すことはできなかった。
彼らははじめから実利と切断されたなかで、教養を模索しなければならなかった。
その憧れを冷却させ、結果的に教養を彼らから遠ざける機能を帯びていたのである。
#「勤労青年」の教養文化史