第1章 敗戦と農村の教養共同体 青年団と読書の希求
1 敗戦と青年団
戦後の少なからぬ青年団は、旧世代の支配層に対する「どすぐろい固まり」のような憎悪を内包しながら発足したのである。
一九五〇年代前半から半ばにかけて、農村では勤労青年の教養文化が盛り上がりを見せた。
なぜ、少なからぬ農村青年が教養を求めたのか。
ひとつには、教養主義の広がりがあった。
しかし、敗戦は軍部や戦時の指導者層への批判を生み出し、彼らに抑え込まれていた( とされる)知識人や教養の威信を高めることになった。
教養主義の衰退と軍国主義の伸長が共変関係ではなく因果関係として読み替えられることで、
リベラリズムやマルキシズムに根ざした教養主義は、「殉教者効果」を帯びることとなり、
戦後に復興を果たすこととなったのである。
学歴をめぐる中卒勤労青年たちの鬱屈が、青年団・青年学級における読書・教養の文化を下支えしていたのである。
だが、青年学級はその後、急速に衰退傾向に入っていく。
そこには、一九五〇年代後半以降の農村社会の変容と都市部への人口移動があった。
都市への人口流出と在村青年の不参加が目立つなか、青年団・青年学級は機能不全に陥り、教養や討議の場として成立し難くなった。